島村英紀『夕刊フジ』 2023年12月8日(金曜)。4面。コラムその520「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

海流に乗って動き出した世界最大の氷山
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「海流に乗って40年ぶりに動き出した世界最大の氷山「A23a」 溶けた氷山の重要な役割」

 世界で最大の氷山が動き出した。面積は約4000平方キロメートルで、東京都(2194平方キロメートル)のほぼ2倍という大きさだ。

 この氷山は、もともと1986年に南極の棚氷から分裂したものだった。しかし、すぐにウェッデル海の海底に引っかかり、実質的に世界最大の氷の島になった。A23aと名づけられている。

 A23aは、もともと南極で2番目に広い棚氷「フィルヒナー・ロンネ棚氷」から大量に誕生した氷山の一部だった。

 1986年当時、A23aにはロシア(旧ソ連)の研究基地があった。ソ連の科学者たちは、基地に置かれていた機材が失われるのを恐れて、慌てて回収チームを派遣した。

 だが結局、A23aは海底に引っかかり、それ以上流れていくことはなかった。

 ところがA23aが、2020年から37年ぶりに移動していることが確認された。海底を外れたA23aは、さらに南極海を越えて外へ流れてゆくと予測されている。

 では、なぜ約40年間もA23aは、海底から外れ、再び動き出したのだろうか?

 A23aはだんだんと溶けて、海底の引っかかりが弱くなり、ちょうど動き出すタイミングだったとも考えられる。
 
 A23aは現在、西南極の南極半島を通過して南西洋方面へ流れる予測だ。現在は1日5キロほどの速度で移動している。

 私が南極海で見た氷山はやはり暖かい海へと流れ出していた。この氷山は小さくて、暖かい水温ですでに角が丸くなっていたが、上にペンギンが何十羽も乗っていた。

 どこまで行くのだろう。地球温暖化でペンギンが全滅してしまわなければいいが。 気候変動の影響で南極の氷に変化が起きており、毎年大量の氷が失われているという。

 だが氷山自体は、それほど悪いものではない。氷山は海の生態系に重要な役割を果たしているからだ。

 ほかの氷山と同様、南極環流に乗り、「氷山の路」として知られる南大西洋方面へと流れていくと予測されている。

 ちなみにこの海流は、イギリスの有名な探検家シャクルトンが1916年、エンデュアランス号で遭難した後、南極から脱出するために利用した海流でもある。シャクルトンは救命ボートで南大西洋の島サウスジョージア島を目指した。この島では海に浮かぶ氷山がよく目撃される。

 つまり海流に乗った氷山は、しばしばこの島付近の浅い大陸棚にたどり着く。そして最終的には、どんなに大きな氷山も、溶けて消えてしまう。

 氷山が溶けると、まだ氷河だったときに南極大陸の地面を削って取り込まれたミネラルが流れ出る。このミネラルが、海の生物の食物連鎖を支える大切な栄養である。

 でも、氷山が溶けでしまうと話はすっかり違ってしまうのだ。
 

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