島村英紀『夕刊フジ』 2023年9月22日(金曜)。4面。コラムその510「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

インド洋にある巨大な「重力の穴」
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「インド洋にある巨大な「重力の穴」場所によって違う地球の引力 沈み込んだプレート、2億年以上前に存在した海の名残」

   地球の引力(重力)は場所によって違う。

 同じ体重計でも、重力が大きいところと小さいところでは違った体重を示す。赤道付近では重力は小さく、そして体重も小さくなる。

 場所による違いは。せいぜい0.5パーセントほどで60キロの体重だと300グラムほどの違いだ。でもボクサーやダイエット中の女性にとっては無視できない重さの違いかもしれない。


 いまの多くの時計は水晶の結晶が振動する周波数を基準に使っているが、アンティーク店にあるような昔の時計は振り子を振らせて時間の基準にしていた。


 地球の上で場所によって重力が違うのがわかったのは、17世紀にパリから南米・ギアナに持ってきた、当時もっとも精度が高い振り子時計が1日に2分も遅れることが発見されたときだった。時計が2分も違ってしまったのはたいへんな事件だった。同じ振り子でも重力が小さいところではゆっくり振れるのだ。


 さて、インド洋で260万平方キロだけ(日本の面積の7倍)、周囲の海域よりも約90メートルも低くなっている。


 これは前から知られていたが、その理由がわからなかった。実はこれも重力に関係しており、オランダの地球物理学者ベニング・マイネスが船舶を使った重力調査で1948年に発見したものだ。


 これが2億年以上前に存在した「テチス海」の沈み込んだプレートが原因だと分かったのはこの5月だ。今から随分前に存在したテチス海の名残が残っているのだった。


 テチス海はインド亜大陸の北上で消えた海だ。インド亜大陸はユーラシア大陸に衝突した後も北上を続け、エベレストやヒマラヤなどの山やチベット高地を作っている。エベレストやヒマラヤなどの山は、いまでも年平均で約5ミリずつ高くなりつづけている。このほかインド亜大陸は中国・四川省やパキスタンやネパールで大地震を起こし続けている。


 じつはエベレストの山頂に海の生物の化石がある。テチス海の海底に棲んでいたものだ。私はエベレストを登頂した植村直己さんの記念館で実物を見たが、今は石を拾うことは禁じられている。


 もともとアフリカ大陸とインド亜大陸は超大陸であるゴンドワナ大陸の一部だった。1億年あまり前に、現在のインドにあたるインド亜大陸がテチス海を北上し、インド洋を作り出した。


 古いテチス海の海底はマントルの中へ潜り込み核(コア)の境目まで到達して、そこで岩石が溶ける。そしてマントル内の高温のプリューム(対流)が発生する。このプリュームがインド洋の低重力地域を作り出していたのだ。


 大方の見方はインド洋の低重力地域の下のマントルの浅いところに何か低密度のものがあり、それが原因となっているに違いないということだったのを覆したことになる。

 
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