島村英紀『夕刊フジ』 2022年12月23日(金曜)。4面。コラムその474。「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」
イエメンにある「地獄の井戸」
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「イエメンにある「地獄の井戸」 近づくのはおろか、話をするのもタブーとされ…地質学者数人が調査、長年のナゾ解き」
中東イエメンに「悪魔の井戸」がある。「地獄の井戸」ともいわれる。イエメン東部のマフラ県の砂漠にある穴だ。穴の幅は30メートルあるが深さは誰も知らない。深部から悪臭が漂っている。
この巨大な穴は数世紀前から存在する。
人々に悪魔の監獄と恐れられ、近づくのはおろか、話をするのもタブーとされていた。地獄の井戸は、背教者や非信者が死後に拷問を受ける場所だとも、中に入ったら頭を切り落とされるとも伝えられている。
地元の人々からは悪魔が収監されていると恐れられており、地獄の井戸の異名を持っていて、近づく者はおろか、誰もこの穴に入ろうとせず、底に何があるのかは不明だった。
この穴に、誰が喜んで入るだろう。誰も数百年の間、入ろうとはしなかったのは当然だった。
このたび、イエメンの地質学者数人がチームを組み用意万端整えて、恐る恐る入ってみた。測量機器とガス検知器など近代装備はもちろん持ち込んだ。
ロープを使って慎重に底に下りてみたら、深さは約112メートルあって底には水がたまっていた。幸い空気中の酸素レベルは正常で、毒性もなかった。
穴の中には生きた多数のヘビの他に動物の死骸が残されていた。これらが悪臭を放っていたもののだと思われる。
ヘビは天敵となる捕食者がいなければ増殖する。それでたくさんいたのだろう。
地質学者が驚いたことは洞窟真珠が多数あったことだ。
洞窟真珠は英語名ケイブパールという。砂粒などを核とし、周囲にカルシウム炭酸塩の結晶が幾層にも薄層を成して成長したものだ。真珠貝の中で作られる本物の真珠と成長の過程がよく似ている。
洞窟真珠は、わずかな水流によって砂粒などを核として、核のまわりに作られる同心円状の炭酸カルシウムの堆積物だ。長い時間をかけて作られる。水流によって滑らかになり、美しい真珠の形になる。
最大のものでは直径15センチもの球体が発見された例があるが、大抵は直径1センチ以下である。丸くなくていろいろな形のものがあるが、いずれも微細な層が同心円状に重なってできている。
イエメンで見つかったものも1センチ程度のものだった。
しかし、洞窟真珠は美しいものは数ミリのもの一個で5000円以上もする高価なものだ。
乾燥すると劣化することもあるから、保存には気をつけないといけない。
世界的には米国ニューメキシコ州カールズバッド洞窟群国立公園のものが有名だ。日本でも出る。たとえば福岡県北九州市の遺棄された鉱山坑道の水たまりで見つかったこともある。
イエメンの地質学者たちが心配していた「呪い」はそのときも、その後もなかった。
長年のナゾを解いたという名誉だけではなく、洞窟真珠という実質的な利益を得たことになる。
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