島村英紀『夕刊フジ』 2014年8月29日(金曜)。5面。コラムその66 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

ジャンボ機のエンジン停止させる噴煙
100キロ以上離れた澄んだ空にも潜む危険な存在

 地球物理学者が一般の人が知らない危険を知っていたことがある。大型ジェット旅客機B747ジャンボの4基全部のエンジンが飛行中に停止してしまったことだ。

 起きたのは1983年から1989年。インドシナ半島の上空で2回、米国アラスカ州の上空で1回、合計3回も全エンジンが停止した。これは学会誌に報告されているが、3件とも幸い大惨事にはならず、地表に激突する前にエンジンが再始動したので新聞やテレビでは報道されなかった。

 原因は遠くの火山の噴煙だった。もちろん、パイロットは目の前にある火山の噴煙を突っ切ろうとはしない。また噴煙は機首にある気象レーダーでもよく見える。だがこの事件は、こういった「見える」噴煙から数十キロメートル、ときには100キロメートル以上も離れた澄んだ高々度の青空で起きた。インドシナ半島上空でジェットエンジンを止めたのは、はるか遠くのインドネシアの火山からの薄い噴煙だった。

 噴煙には大量のガラス質の岩石の粉が含まれている。細かいものだから火山からはるか離れた上空まで漂っている。

 尖って硬い火山灰がエンジンに吸い込まれると、高速で回転しているタービンブレードなどエンジンの主要部分の金属をヤスリをかけたように削ってしまう。自動車とちがって飛行機にはエンジンに飛び込む異物を取り除くエアクリーナーはないのだ。

 そのうえ火山灰はエンジンの高温で溶け、エンジン内部に焼き付いてしまう。削られたうえに重い異物を付けられたらエンジンはたまらない。

 2010年にアイスランドで火山が噴火して、欧州で10万便以上が欠航して何百万人もの乗客が足止めされた。

 地球では上空どこでも偏西風という強い西風が吹いているから、アイスランドからの噴煙は東の欧州全域を薄く覆った。1980年代の苦い経験から、航空会社は噴煙が目には見えない薄いものでも危険なことを知って運航を止めたのである。

 先日からアイスランドにあるバルダルブンガ火山が噴火する兆候がある。火山は幅25キロ、標高約1900メートルで最後に噴火したのは1996年。欧州最大級のバトナ氷河の下にある。

 火山周辺で地震活動が活発化していて小噴火も始まった。8月16日朝から3000回もの火山性地震が続いている。18日にはマグニチュード(M)4.6、26日には前回の噴火以来最大のM5.7の地震が発生した。

 アイスランドでは19日に火山北側の住民避難を開始したほか、火山周辺では道路が閉鎖された。噴火したら氷河が融けることによって大洪水が発生するから、もっと広い範囲の道路が閉鎖されるだろう。

 アイスランドに火山が多い理由は、ここでユーラシアプレートと北米プレートの二つが生まれているからだ。この二つのプレートは地球をそれぞれ半周して日本で再び出会う。つまり日本の地震の「源流」はここにある。私が研究のために13回も同国を訪れた理由はここにあるのだ。

このバルダルブンガ噴火の写真

(写真は2010年のアイスランドの噴火。アイスランド気象庁から島村英紀に送ってきた写真。火山の手前の白いところは氷河です)

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