島村英紀『夕刊フジ』 2014年4月4日(金曜)。5面。コラムその45 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

目の前で大きくなる津波
『夕刊フジ』公式ホームページでの副題は「大きな被害を生んできたV字型の海岸」

 東日本大震災(2011年)のときに宮城県南三陸町の防災対策庁舎が津波に呑み込まれた。

 この庁舎は高さ12メートルの3階建て。その屋上を2メートルも超える津波が襲ってきて、屋上に避難していた職員など多数が犠牲になってしまった。高さ6メートルという当初の津波警報だったので内部で住民避難を放送で呼びかけていた職員も犠牲になった。

 ところで、はるか遠くの海からこの高さの津波が来たと思っていないだろうか。「襲ってきた津波の高さ」は外洋での津波の高さではない。津波は眼の前で大きくなるものなのだ。

 岩手県釜石から約40-70キロ沖に実験的な海底津波計2台があった。ここで記録されたのは3メートルほどの津波だった。震源はさらに数十キロも先の深海だ。

 海底で地震断層が動いたときに、その上にある海水を動かすことによって津波が生まれる。

 こうして生まれた津波は沿岸に近づくにつれて大きくなる。水深5000メートルのところで発生した津波は水深10メートルのところに来ると8倍以上もの高さにもなる。それは海が浅くなるほど津波の速さが遅くなって、後から来た津波のエネルギーが前の津波に追いついてしまって集中するからだ。

 津波の速さは水深の平方根に比例する。水深が100分の1になれば津波の速度は10分の1になり、その分だけエネルギーが集中するのである。

 津波は沖では小さい。知らずに沖で魚を獲っていた漁船が港に帰ってみたら、村が全滅していた悲しい話もあった。

 ところで、沿岸を襲う津波の高さを増大させるのは水深だけではない。海岸の湾の形によっては、平らな海岸線よりは、はるかに津波が大きくなる。

 いちばん大きくなるのはV字型に凹んだ海岸だ。じつは三陸地方に多いリアス式海岸はこの形になっていることが多く、東日本大震災にかぎらず、過去たびたび大きな被害を生んできた。

 湾に入ってきた津波のエネルギーが先へ行って湾が狭くなるほど集中することによるもので、東日本大震災のときも、高さ40メートルを超える津波がV字型の湾の先で記録されている。

 V字型のつぎに大きくなるのがU字型の湾だ。これもV字型ほどではないが、津波を増幅してしまう。

 南三陸町はU字型の湾に面している。このため平らな海岸線のところよりもずっと大きな津波に襲われてしまったのだ。

 他方、フラスコのように湾口が狭くて中で拡がっている湾は、津波が入ってきても大きくなることはない。その意味では東京湾は安心だ。

 しかし、もし東京湾の中で津波を発生させる地震が起きたら話は別だ。沿岸に大都会があり、発電所や工場が沿岸にある東京湾は、たとえ小さな津波でも大被害を生む可能性が高いのである。

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