島村英紀『夕刊フジ』 2014年1月24日(金曜)。5面。コラムその36 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

緊急地震速報のお粗末さ
『夕刊フジ』公式ホームページでの副題は「小地震を大地震と勘違い 鉄道、経済まで影響」

 昨年8月8日午後5時前のことだ。奈良県と大阪府で「最大震度6弱〜7程度の揺れが襲って来る」という緊急地震速報が発表された。

 JRの大阪駅ホームなどでは乗客の携帯電話から緊急地震速報メールの受信音が一斉に響いた。関西ではめったになかった緊急地震速報だけに、パニックになりかけた人たちもいたという。速報は震度4以上の揺れが到達すると予測された関東甲信から九州の34もの都府県で発表された。

 この速報を受けて小田原から新岩国間で新幹線が緊急停止した。関西の鉄道各社も全列車を止めた。近畿だけで40万人超に影響した。帰宅ラッシュと重なったためターミナル駅も大混雑した。

 鉄道だけではなかった。この速報が伝わったとたん、円は一時1 ドル=96円13銭近辺まで、つまり3円も急上昇した。

 しかし、この緊急地震速報は誤報だった。

 地震は和歌山県北部に起きた震度1にも満たないマグニチュード(M)2.3の小地震だった。これを気象庁はM7.8と推計した。阪神淡路大震災の地震(M7.3)よりも5倍以上も大きなエネルギーの地震だと思ってしまったのである。

 お粗末な間違いだった。和歌山の地震発生とほぼ同時に起きた三重県沖にある海底地震計のノイズを大きな地震の揺れだと思ってしまったのだ。ノイズとは、それまで信号が停止していた海底地震計が回復して入り始めた信号だった。

 海底地震計は陸上にある地震計と違って「加速度計」という地震計が使われている。加速度計のほうが丈夫で小型に出来るからだ。だがそのために、陸上の地震計のデータと合わせるために機器の出力を2回積分するという数値操作をしなければならない。

 このときに回復した加速度計からはゼロ点がずれた信号が出た。この信号を2回積分したために、異常に大きな地震の信号を感じたことになったのである。

 気象庁地震火山部の部長は記者会見で陳謝した。だが同時に「速報が発表された際は何らかの揺れが起きているのは事実。発表があれば身の安全を確保してほしい」と呼び掛けたという。震度1にも及ばない小地震で身の安全を確保しなければならないのだろうか。

 そもそも、たった2地点だけのデータなのに、和歌山から熊野灘まで広範囲に揺れた大地震だと計算してしまったのもおかしい。鉄道から経済まで影響する地震速報にしては判断があまりにお粗末だった。

 これだけではない。緊急地震速報が誤動作して間違った警報が出たことも、予報された揺れが来なかったという「空振り」も多い。

 2011年3月の東日本大震災のあと余震が頻発したこともあり、震災から10日間のあいだに速報は36回出されたが、震度5弱以上の揺れが実際にあったのは11回にすぎなかった。「打率」は約30%にも満たなかったのである。

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