島村英紀『夕刊フジ』 2020年2月21日(金曜)。4面。コラムその336「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

隕石ハンターの一攫千金
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「希少価値が高ければ1億円超えの値が付く…「隕石ハンター」の一獲千金

 「マーチソン隕石(いんせき)」というものがある。1969年にオーストラリア南部のビクトリア州の小さな村マーチソンに落ちてきた隕石で、掌に載るくらい小さなものだ。

 この隕石は酸素やマグネシウムなどが太陽系の平均的な値と違う同位体組成を持つ。それゆえ、太陽系誕生以前の歴史を記録した隕石と考えられてきた。

 2月に報じられたが、この隕石から直径8マイクロメートルの小さな宇宙塵が多数検出されて、最古のものは70億年前、多くは46〜49億年前に生まれたものだということが分かった。この宇宙塵は「プレソーラー粒子」と呼ばれている。

 太陽系が作られ、地球や火星が形成されたのは45億年前とされているから、それ以前の姿が分かる手がかりになる。

 この研究は隕石を粉状に粉砕して、ようやく宇宙塵を見つけ、宇宙線にさらされた度合いを計測した。宇宙線に長くさらされると新たな元素が生まれる。その元素の量を調べることで粒子の年代を推定したのだ。

 ところが「隕石を粉状に粉砕」することができない隕石も多い。それは個人の観賞用だったり、日本では神社の神体だったりするからだ。これらは粉状に粉砕することはもちろん、手を触れることさえもはばかられている。

 「隕石ハンター」という商売が成り立っている。たとえば中国・上海のC氏は隕石を求めて世界各地を訪れる。彼はロシア、フランス、サハラ砂漠、さらに中国最西部の新疆で隕石を探し回った。金属探知機のほか、地図、オフロード車は欠かせない商売道具である。

 C氏の目的はもちろん金だ。隕石とされる石がネット上で1グラムあたり5万元(約76万円)もの高値で売られていたし、さらに高い値段で売れることもあるという。希少価値が高い隕石なら一個で1000万〜1億1000万円の値が付く。

 オークションでも高値が付く。2019年に、英国のクリスティーズで隕石のオークションが開催され、総落札額は8600万円を超えた。

 このオークションで高値が付いたのは、スペイン語で「空の谷」という場所でとれた隕石だ。およそ4000年前に2つの小惑星が衝突し、その破片が地球に落下したと考えられている。評価額は650万円だったが、落札額は競り上がって3000万円だった。

 いままでのオークション史上で最も高い値が付いた隕石は、2018年にボストンのオークションで落札された月隕石で、落札額は6600万円だった。この隕石は2017年にアフリカ・モーリタニアで発見された。数千年前、月に別の隕石が衝突し、その衝撃で月の表面が吹き飛ばされ、その破片が地球に落下したと考えらえている。

 これらの値段では科学者には手が出ない。買って粉状に粉砕することなどは夢のまた夢だ。

 高値で取引されて客間に飾られる隕石は、じつは科学の進展を阻んでいるのである。

この記事
このシリーズの一覧


島村英紀・科学論文以外の発表著作リストに戻る
島村英紀が書いた「地球と生き物の不思議な関係」へ
島村英紀が書いた「日本と日本以外」
島村英紀が書いた「もののあわれ」
本文目次に戻る
テーマ別エッセイ索引へ
「硬・軟」別エッセイ索引へ



inserted by FC2 system