島村英紀『夕刊フジ』 2019年12月13日(金曜)。4面。コラムその327「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

サクラエビ不漁は南海トラフ地震の前兆か
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「サクラエビの不漁はダムのせいか、それとも「南海トラフ地震」の前兆なのか」

 昨年に続いて今年も駿河湾(静岡県)のサクラエビがとれない。

 サクラエビは「駿河湾の宝石」といわれ、日本では駿河湾だけしかとれない。不漁は地元漁師にとっては大変な痛手だし、経済や観光への影響も大きい。

 サクラエビは体長4センチほどの小型のエビだ。日中は水深200〜350メートルで生活するが、夜には20〜60メートルまで浮上するので、夕方から夜に漁が行われる。

 サクラエビは県が指定する120隻だけが漁を行う。漁船は全て桜えび漁業組合に所属している。組合は昨年の秋漁から自主規制し、今春以降も規制を継続している。

 この秋、サクラエビの資源調査が行われた。その結果、サンプルが採捕できたのは、湾の中部では三保沖や清水港付近だけで、湾奥はゼロだった。

 このため、サクラエビの資源枯渇の犯人探しが取り沙汰されるようになった。

 ひとつは、駿河湾に流れ込む富士川水系の雨畑川にある雨畑ダムだ。身延山の西、山梨県早川町にあるこのダムは日本軽金属が持つ発電専用のダムで、高さ81メートル、長さ148メートルある。2016年度の雨畑ダムの堆砂率は93%で、全国約500カ所ある中規模以上のダムの中でいちばん大きい。

 このため、ちょっとした雨でヘドロが流れ出す。下流の駿河湾では深刻な濁りを、そして上流では水害を度々引き起こしてきた。この秋にも町道の一部が冠水し、つり橋が崩壊した。また台風19号によって70人近くが孤立した。雨畑川には、昔はヤマメやワカサギがたくさんいたが、姿を消した。

 ダムから出る灰色の濁りは駿河湾に到達し、海洋環境に影響している可能性が高い。雨畑ダムには魚も棲まない。

 さて、サクラエビの不漁はこの水のせいだろうか。

 もうひとつの可能性は南海トラフ地震だ。来るべきこの大地震の前兆が起き始めているのではないかというのである。

 駿河湾は深さが2000メートルを超える。湾が深いのは海溝が駿河湾の中を走っているからだ。海溝の名前は駿河トラフという。

 駿河トラフは南西方向に南海トラフ、そして琉球海溝にまで続いている。この一連の海溝からフィリピン海プレートが西日本の地下に潜り込んでいるのだ。このフィリピン海プレートの衝突と潜り込みが、南海トラフ地震を起こす。

 南海トラフ地震のひとつ前の「先祖」は分かれて起きた。1944年の東南海地震(マグニチュード=M=7.9)と1946年の南海地震(M8.0)だった。しかし、この二つをあわせても、歴代の先祖よりも小さかった。震源は東端が駿河湾の入り口で止まった。

 このために地震エネルギーがまだ残っていて、今度来る南海トラフ地震は、もっと大きいのではないかと考えられている。遠い先祖である1707年の宝永地震は二つに分かれずに一挙に起きて、先代よりもずっと大きな地震だった。

 さて、地震の前兆なのか、ダムのせいか。地元をはじめ、地震学者は固唾を呑んで見守っているのである。

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