島村英紀『夕刊フジ』 2019年10月25日(金曜)。4面。コラムその320「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

台風・地震 タワーマンションの盲点 浴槽にためた水がトイレの排水に使えない
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「台風に大地震…タワーマンションは「防災の盲点」になる!? 停電、断水、ごみ問題…復旧も長引く可能性」


 神奈川・武蔵小杉のタワーマンションのひとつで、停電と断水が起きた。台風19号の爪痕だ。

 駅周辺のタワーマンションは新宿、渋谷、横浜、成田空港が電車一本でつながる便利さで”セレブタワマン”と羨ましがられていて、この12年間に14棟もが新築された。

 このタワーマンションは47階建て。停電でエレベーターが止まって、住民は真っ暗な非常階段を懐中電灯を頼りに20分以上もかけて上り下りしなければならない。30階建てでも階段数は450段もある。そのうえトイレも使えない。

 電気も水もない暮らし。復旧は長引くのではないかといわれている。地下にあった電気系統や配水装置が水に浸かったせいだ。高層マンションではポンプで水をいったん上層階までくみ上げて各世帯に供給するが、停電によりポンプが動かずに断水したのだ。

 じつは台風だけではなく、大地震にもタワーマンションは大きな問題を抱えている。

 いまの建築基準法では震度6強から7で建物が倒壊しない耐震性が求められている。そのうえ高さ60メートルを超える高層マンションには、地震時の揺れ方を検証して国土交通大臣の認定を受けなければならない。このためタワーマンションは、地震そのものによる被害は受けにくい。

 だが、住民の生活は別だ。大規模な地震では、タワーマンションでの復旧まで電気は最長7日、水道は最長1ヶ月もかかるという。

 今回の台風被害もそうだが、浴槽などにためた水も排水に使えない。トイレを流しても排水ポンプが動かないため糞尿が混じった下水があふれて被害の拡大につながるからだ。2011年の東日本大震災では上層階の住民が流した汚水が下層階であふれる被害が多発した。そのほか、毎日出るゴミの問題も深刻だ。

 エレベーターにも大きな問題がある。電気が復旧してもエレベーターの再稼働にはエレベーター保守会社による安全確認や修理が必要になる。都内にあるエレベーターは15万台。全面復旧までに、少なくとも4日かかる見通しなのだ。

 エレベーターの復旧の順番は日本エレベーター協会が優先順位を設けている。最優先は閉じ込められた人の救出、ついで病院、市役所など公共施設という順番だ。それゆえ、タワーマンションのエレベーターの再稼働が遅れる可能性がある。

 タワーマンションのラッシュに火をつけたのは1997年に容積率の規制が大幅に緩和されたり、高層建築物によって日陰ができることを防止する規制が適用除外になったことだ。

 この規制緩和を受けた建設で、2018年9月現在で東京、神奈川、千葉、埼玉で約700棟と、2008年末の約450棟から大幅に増えた。入居者も東京都だけで2005年から10年で46万人になって2.3倍も増えた。全国でも10年で倍になって200万人以上になった。200万人とは長野県や岐阜県の人口ほどにもなる。

 今年以降もタワーマンションの建設計画は目白押しで、入居者はさらに増える見込みだ。

 しかし、タワーマンションは防災の盲点になる可能性が高いのである。

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