島村英紀『夕刊フジ』 2019年2月1日(金曜)。4面。コラムその284「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

緊急地震速報の限界
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「緊急地震速報の限界「直下型地震」には対応しにくい」

 気象庁は2007年から「緊急地震速報」を出している。誤解している人も多いだろうが、これは地震予知ではない。

 この速報の原理は単純なものだ。全国に置いてある地震計のどこかで強い揺れを感じたら震源を計算し、まだ揺れが届いていない場所に警報を送るという仕組みだ。

 この仕組みには根本的な弱点がある。直下型地震には対応しにくい仕組みになっていることだ。

 直下型地震では震源は真下にあり、いちばん近い地震計が地上にあるために、肝心の震源近くで揺れが強いところでは緊急地震速報が間に合わない。

 昨年9月に北海道胆振(いぶり)東部地震(北海道地震)が起きて、人口密度が都会よりはるかに小さい地域なのに死者41人を出すなど、大きな被害を生んだ。北海道では初めての震度7だった。

 今年になって初めて明らかになったものだが、道央圏の住民調査で、気象庁の緊急地震速報を知らせる携帯電話などのアラームが「揺れる前に鳴った」人は4%にとどまった。防災教育に取り組むNPO法人環境防災総合政策研究機構(東京)が行った調査だ。

 緊急地震速報のアラームが鳴ったのは「揺れている最中」が29%と最多で、「揺れはじめと同時」が27%。「鳴らなかった」は23%だった。これらの合計は、緊急地震速報が役に立たなかったことになる。

 揺れる前に鳴った人は札幌・江別で400人中22人、苫小牧・千歳で200人中6人、震源のある日高・胆振の4町では61人中1人だった。

 つまり、震源近くほどアラームが地震発生に間に合わず、厚真(あつま)町や安平(あびら)町などでは速報が携帯電話などに届く前に揺れが地表に伝わった。直下型地震は緊急地震速報が間に合わないことがあらためて示されたのだ。

 そもそも緊急地震速報の最大の問題は、警報が間に合ったとしても、警報を聞いてから地震が来るまでにほとんど時間がないことだ。

 恐れられている南海トラフ地震が起きたときに、横浜で10秒ほど、東京でも10数秒しかない。しかも遠くなるほど地震の揺れも小さくなるから、20秒以上になるところで知らせてくれても警報の意味がなくなってしまう。

 走っている新幹線はこの時間では完全に停止することは出来まい。工場でも大きな機械を短時間で止めることは不可能だ。手術中の病院でも、これだけの時間では手術を止めることはできないだろう。

 海溝型地震でも多くの場合、最も震源に近い海岸近くの地震計で揺れを感じてから計算を始める。つまり、いちばん揺れが大きくて危険な地域には、この緊急地震速報は間にあわない。

 緊急地震速報には大きな限界があるのだ。

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