島村英紀『夕刊フジ』 2018年11月16日(金曜)。4面。コラムその274「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

韓国で集団訴訟「地震は地熱発電のせい」
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「韓国で集団訴訟! 「地震は地熱発電のせい」」

 この10月、韓国で市民が政府などを相手取って集団訴訟を起こした。といっても、話題の徴用工や慰安婦の話ではない。

 地熱発電が地震を起こして被害を生んだと訴えた訴訟である。市民が地熱発電を提訴したのは韓国では初めてだ。

 地震は、2017年11月に韓国南部で起きた。マグニチュード(M)は5.4。韓国で地震観測が始まって以来、二番目の大きな地震だった。

 地震は人口が集中している地域を襲った。家屋が倒壊するなどして92人が負傷し、被災者は1800人、被害額は332億円にものぼった。

 浦項(ポハン)地熱発電所は韓国南部にあり、韓国政府の肝いりで地熱発電実用化研究開発事業として推進されてきた。資源開発業者のネクスジオと鉄鋼大手ポスコ、韓国水力電子力、韓国地質資源研究院などが参加している。

 地下深くの岩石に高圧の水でひびを入れてそこから出た蒸気でタービンをまわす発電方式だ。このために地下4キロ以上の穴を2本堀った。一方に水を注入し、地熱で加熱し、発生した水蒸気を別の穴から取り出す。

 2016年6月に試運転を開始し、2017年12月から商業運転に入る予定だったが、その直前に地震が起きた。震源は地熱発電の穴から600メートルしか離れていなかった。

 原告側が出した仮処分申請が裁判所で認められ、現在は稼働を中断している。

 この裁判の原告には市民71人が加わった。地震で被害を受けた市民の精神的被害に対する慰謝料として、1人当たり1日500〜1000円を5年間にわたり支給するよう求める内容である。

 韓国は日本とちがって、プレート境界から遠く、地震がほとんどない。だが、この地熱発電所が運用開始以降、それまでは観測されることのなかったM2以上の地震が何回も起きた。そして、M5.4が起きて被害を生んでしまった。

 この作業で利用した大量の水が地下で断層に圧力をかけて地震を誘発したものだと考えられる。

 このほか地熱発電が誘発した地震は過去にもオクラホマ州などの米国やスイスで起きている。

 2006年にスイスのバーゼルで地熱発電所を稼働中、M3.4の地震が起きた。スイス政府は2009年に発電所の稼働が地震の原因だとする結論を下した。発電所は被害住民に約1010万円の和解金を支払った。韓国の地震のエネルギーはスイスの地震よりも1000倍も大きく、地熱関連では世界最大だった。

 日本には地熱発電所が38ヶ所あり、これから規制が緩くなって増える趨勢だ。他人事ではない。ところが、日本ではふだんから起きる地震のレベルが高いので、この種の「人造地震」が区別できにくい。

 石油や石炭に頼らないから化石燃料を使わないうえに二酸化炭素を出さないし、太陽光や風力のように天候や日夜に左右されない新発電の「期待の星」、地熱発電。だが、地震という思わざる副作用があったのだ。

この記事
このシリーズの一覧


島村英紀・科学論文以外の発表著作リストに戻る
島村英紀が書いた「地球と生き物の不思議な関係」へ
島村英紀が書いた「日本と日本以外」
島村英紀が書いた「もののあわれ」
本文目次に戻る
テーマ別エッセイ索引へ
「硬・軟」別エッセイ索引へ



inserted by FC2 system