島村英紀『夕刊フジ』 2018年11月9日(金曜)。4面。コラムその273「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

ルーマニアにしか起きない深発地震の被害
『夕刊フジ』公式ホームページの題も同じ

 10月末にルーマニアで深発地震が起きた。地震は遠くウクライナやブルガリアでも感じられた。幸いマグニチュード(M)は5.7と小さかったので、被害は壁が落ちたくらいで限られていた。しかし、皆が1977 年に起きたルーマニア大地震(M7.2)のことを思い出して背筋を冷たいものが走った。

 当時は独裁者チャウシェスク大統領の時代だったから、被害の大きさは国家機密だった。死者1700人と報じられたが、じつは多くのビルが倒れて6000人以上がなくなった大被害だった。

 これらの震源の深さは約100キロ以上もあった。不思議なことに、これらの地震の被害は震源の上ではなくて、100キロ以上離れた首都ブカレストに集中していた。震源からブカレストまで伸びているプレートに沿って、強い地震波が上がってきたものだと思われている。

 一般的には地震がないヨーロッパだが、南ヨーロッパにだけは地震が起きる。ルーマニアにはアルプスの曲がった尻尾がある。ヨーロッパを押してきているアフリカプレートがルーマニアの地下まで入っているからだ。

 このため、ルーマニアでは地下でプレートが地球の中に入りこんでいる深いところで地震が起きる。

 世界では浅い地震が起きなくて、この種の深発地震だけが地震を起こしているところがルーマニアのほかに2ヶ所ある。インドの北西にあって7000メートル級の高山が連なっているヒンズークシュと南米コロンビアの北部にあるブカラマンガ地域だ。

 これらの場所では、潜り込んでいったプレートがちぎれて地下深くにあるところが地震を起こしている。いずれの場所でも、地震は浅いところには起きなくて、100〜200キロの深さのところだけで起きている。

 ルーマニアの地下で地震を起こしている場所は東西8キロ、南北4キロしかない。プレートの一部だけのごく小さなところだ。ルーマニアのように深い地震で、しかも遠いところに被害が集中するのは珍しい。

 日本のようにプレートが押されて潜り込んでいくところの全部で地震が起きるわけではない。日本では、深さでは0キロから750キロのところまで地震が起きる。

 1977年のルーマニア大地震のときには、ブカレストにあった古いビルの1階をショールームにするために改造したところの被害が目立った。壁を抜いてガラス張りにしたのだ。今風の言い方ではピロティ形式だ。1階が弱いこの種のビルは地震が来るとビル全体が倒壊してしまう。

 だが、ルーマニアの地球物理学者によれば、ルーマニアには、ビルを建てるときの耐震基準が、いまだにとても甘いのだという。一般住宅には耐震基準はない。

 私が最近ルーマニアを訪れたとき、ブカレストの繁華街で見たビルの新築現場では、なんとも柱が細いのが目立った。それだけではなく、3階部分の柱は、2階以下の階につながっていない。つまり、積み木のような造りなのである。

 また悲劇がくり返されなければいいのだが・・。

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