島村英紀『夕刊フジ』 2018年10月12日(金曜)。4面。コラムその269「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

インドネシア地震 津波監視ブイは止まっていた
「夕刊フジ」公式ホームページの題は「ンドネシア地震、津波監視ブイは止まっていた…繰り返される低中所得国の悲劇 」

 またも、大きな災害が起きてしまった。9月28日にインドネシア・スラウェシ島をマグニチュード(M)7.5の大地震と津波が襲った。被災者は240万人以上に上り、6万人が住む場所を失った。

 家や道が土砂で埋まり、通信も道路も寸断されたので全容が知られていないが、犠牲者は数千人に上るのではないかといわれている。

 世界全体で見ると、自然災害の死者数は2016年までの50年間で280万人にも達している。茨城県や京都府の人口がすべてなくなってしまう人数だ。

 世界の自然災害の犠牲者数はアジアがいちばん多く130万人を数える。2位はアフリカで72万人、3位は中南米で48万人と続く。

 アジアでは地震のほか、暴風雨や洪水といった気象災害による死者数も目立つ。一方アフリカは干魃(かんばつ)による被害が多い。中南米は地震や火山の被害が多い。

 これら自然災害による死者は、日本で起きた東日本大震災(2011年)を別にすれば、世界の貧しい国に圧倒的に多い。国連の統計によれば、この20年間に自然災害の死者の90パーセントもが、低中所得国に暮らす人々だった。

 これは、住んでいる家が粗末なことや、襲って来る災害を警告する仕組みがほとんどないことや、インフラの弱さのためだ。今回も、がれきを取り除く重機が燃料不足のために、時間限定でしか動かせなかった。

 ところで、インドネシアやすぐ西隣のタイは、スマトラ沖地震(2004年)で津波の大被害を受けた。インド洋の周辺の各国でも被害があり、合計23万人以上の犠牲者が出た。

 このあと、日本やドイツや米国など各国の支援で、津波監視用のブイがスマトラ海溝沿いに設置された。インドネシアやタイの沖合に20ヶ所以上に及び、それまで手薄だった津波の監視が飛躍的に向上した・・はずだった。

 だが、今回の津波被害を防げなかった。それは観測ブイがすべて止まっていたからだ。じつは隣国タイでも8割方の観測ブイが止まっている。

 もともと、沖合に大型のブイを設置して、それを何年も維持するというのはとても難しい。観測ブイは誰も見ていない洋上にある。ブイには太陽電池が着いているから盗難にも遭いやすい。船がぶつかって破損したり、悪天候で流失することも多い。

 つまり、観測ブイを置く以上に、それを維持するのは人手の面でも費用の面でも大変なことなのだ。作って設置すれば終わりというものではない。

 最初はうまくいくように見えても、その維持や管理が地元への大きな負担になってしまう。日本で問題になっている「ハコモノ行政」と似た話なのである。

 インドネシアの沿岸地域には、2004年の大津波以降、津波発生時にサイレンが鳴る警報システムが設置されていた。ただ、1万3000を超える島があるインドネシアで、約60か所しかない。

 観測ブイだけの話でもない。低中所得国の悲劇がまた繰り返されたのだ。

この記事
このシリーズの一覧


島村英紀・科学論文以外の発表著作リストに戻る
島村英紀が書いた「地球と生き物の不思議な関係」へ
島村英紀が書いた「日本と日本以外」
島村英紀が書いた「もののあわれ」
本文目次に戻る
テーマ別エッセイ索引へ
「硬・軟」別エッセイ索引へ



inserted by FC2 system