島村英紀『夕刊フジ』 2018年8月10日(金曜)。4面。コラムその260「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

”アホウドリの天国”鳥島の噴火 住民125人全員が犠牲に
「夕刊フジ」公式ホームページの題は「“アホウドリの天国”鳥島の噴火 被災の連絡なし…住民125人全員が犠牲に」

 いまからちょうど116年前の1902年8月10日、伊豆諸島の鳥島近海を航行中の船舶が、噴煙が上がり、集落が火山灰や噴石で覆われているのを発見した。島の住民からはなんの連絡もなかった。住民125名全員が噴火で死亡していたのだ。

 噴火は2、3日前に起きたとみられ、中央火口丘が吹き飛んで新たな大きな火口が作られていた。

 鳥島は東京から南に600キロ、八丈島からは約300キロ南にある。コップを伏せたような形で断崖に囲まれている。直径が約2.5キロ、火山の山頂が海面に頭だけ出している火山島である。現在の最高地点は高さ394メートル。東日本火山帯に属する活火山だ。

 鳥島に限らず、火山島は火山が噴火したら逃げ場がないところが多い。このため1986年には伊豆大島、2000年には三宅島で全島が避難したが、幸い死者は出なかった。

 鳥島はアホウドリの天国だった。500万羽ものアホウドリが島で繁殖をしていた。アホウドリは両翼の長さが2メートルを超える最大級の海鳥だ。江戸時代の文献には「多数の白い鳥が舞い上がって、海に白い柱を立てたように見えて「鳥柱(とりばしら)」と呼ばれている」と書かれている。

 土佐の漁民、ジョン万次郎もここに漂着してアホウドリを食べて生き延び、約5ヶ月後に米国の捕鯨船に救助されて米国に渡った。

 このアホウドリは羽毛を取るために犠牲になった。人間を恐れないことや、飛び立つのに助走が必要だったので、棍棒で簡単に殺された。人夫1人が1日に100〜200羽を殺したという。英語名はアルバトロス。海上では優雅に飛ぶが、陸上では不器用なので不名誉な日本名が付いた。

 明治時代に、日本は羽毛を大量に輸出して外貨を稼いだ。アホウドリの羽毛は真っ白なので、水鳥の羽毛のなかでも高値で取引きされたのだった。この「産業」で経営者は大もうけし、一時は鳥島に300人が住んで羽毛採取に従事していて、小学校もあった。

 こうして500万羽もいたアホウドリは、ほとんど絶滅してしまった。

 そこへ襲ったのが1902年の噴火だった。羽毛採取に従事していた当時の島民が全員、犠牲になったのだ。アホウドリの祟(たた)りだという話もあった。

 鳥島は1902年の大噴火のほかにも、1871年、1939年、1998年、2002年に噴火した。記録はないが、もっと前にも噴火していた可能性が強い。

 1902年の噴火のあとに商業的な羽毛採取が止められ、戦時中は海軍のレーダー基地が置かれ、戦後は台風観測の前進基地として中央気象台(現在の気象庁)の鳥島測候所が置かれた。

 だが1965年になって地震が頻発したので気象庁の観測所は撤退して、以後、島は無人になった。

 いまは島全体が国立公園になっていて立入禁止だ。アホウドリも国際保護鳥となっていて採取が禁じられている。

 1981年から環境庁(現環境省)がアホウドリの生息状況調査と繁殖地の維持や保全を行っている。現在では約200つがいに増えた。

(写真は鳥島。1989年12月に島村英紀撮影。鳥島は険しい断崖に取り囲まれていて、大きな船が着ける埠頭はない。)

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