島村英紀『夕刊フジ』 2013年10月25日(金曜)。5面。コラムその24:「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

ナマズが誇る”電場感知”
文明が能力鈍らせ

 ナマズが地震を予知するのでは、と長らく信じられてきた。

 いや、昔の迷信と片づけてはいけない。神奈川県水産技術センターではナマズを40匹も飼って、1979年から6年間、研究を続けたことがある。

 研究は本格的で、大きな水槽に5、6匹を入れたほか、もっと自然に近い環境もということで小学校のプールの半分もある大きな庭の池に30数匹のナマズを放した。

 こうして地震の前にナマズがどんな行動をするかを昼夜監視した。もちろんナマズに「気づかれても」まずいので、池では超音波を使った魚群探知機や、水槽では可視光線を使わない光電管を使って、ナマズの動きを無人で記録したのであった。

 ナマズの餌は生きた淡水魚、モツゴ(クチボソ)を与えたが、魚群探知機に映らないよう、小さめのものを与えた。一方水槽ではナマズの行動を観察する光電管が生きたモツゴも感じてしまうので、こちらのナマズは死んだモツゴだけを与えられた。

 だが、これだけ周到な研究環境を整えても、だめだったのだ。

 発生した地震を池のナマズが予知してくれたことは皆無だった。一方、水槽のナマズはときどき活発に動いて光電管に記録されたが、そのうちわずか7%だけが地震の前に動いたものだった。別の原因で動いたのがほとんどだったことになる。

 ナマズの地震予知はやはり迷信だったのだろうか。

 しかし近年の生物学はナマズがあまたの魚とは違う能力を持っていることを明らかにした。それは電場を感じる能力だ。ナマズにはうろこがない。肌には多くの小さな穴があり、この一つ一つが電場のセンサーなのだ。

 箱根の芦ノ湖くらいの湖に小さな電池一個を投げ込んだときの電場の変化でも、湖の反対側にいるナマズはじゅうぶん察知する。この能力はサメがほぼ匹敵するだけで、ほかのあらゆる魚は遠く及ばない。

 小魚が水中で呼吸するとき、ごく弱い電場を作る。ナマズの視力は弱い。夜行性のナマズは、小魚が図らずも作ったその電場だけを頼りに、暗やみで小魚を襲って食べるのである。

 地球物理学者の一部が研究しているように地球の中の微弱な電流の流れ方が地震や噴火のときに変われば、ナマズがいままで経験したこともない異常な電場を感じて飛び上がっても不思議ではない。実は人間が作るセンサーの感度はナマズにかなわないのである。

 ところが、ナマズにとっても学者にとってもセンサーの敵は文明なのだ。私たちが電気を利用するようになってから、地中を流れる電流がけた違いに増えてしまった。発電や送電や、電車や電気器具の使用で電流が地中に流れ込むせいだ。

 ギリシャで地震予知が成功しているとされるが、最近では、いままで地震予知に成功したといわれた電流の信号は、すべて人工的な原因だったという研究もある。

 自然界のナマズは危険を回避できなくなっただけではない。もしかしたら、餌をとるのにも大いに迷惑しているのかもしれないのである。

後の版では見出しが変わり「検証 地震とナマズ、本当の関係は? 電場感知能力は抜群も…文明が“敵”に」になりました。
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