島村英紀『夕刊フジ』 2018年1月12日(金曜)。4面。コラムその231「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

「チバニアン」が示す地球の磁場
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「地層「チバニアン」が示す地球の磁場 地磁気弱いと「生物絶滅」の説も」

 千葉県市原市の養老川沿いに突然、多数の観光客が押しよせはじめた。休日は多い日で1000人近く、平日でも200人もが殺到している。

 「チバニアン」という地層を見るためだ。見たらがっかりするような、なんの変哲もない地層だが、国際学会の作業部会が地球の歴史の一時代を代表する「国際標準地」として答申することを決めた。以後、物見高い観光客が殺到したのである。

 しかし、まだ本決まりではない。今後、委員会や理事会の審査で、それぞれ6割以上の票を獲得して正式になる。

 この地層は77万年前のもので、地球の磁場が南北で逆転する現象が最後に起きた地層だ。

 地球の磁場は地表から2900キロの奥深くにある溶けた鉄の巨大な球の中を流れている電流が作っている電磁石だ。不思議なことに、地球の歴史で、いままで十数回も南北が逆転している。

 なぜこの逆転が起きるのかは学問的には分かっていない。地震の発生をはじめ、地球にはまだ分からないことが多い。いままでの例では逆転はけして等間隔ではなくて、突然起きる。

 突然、といっても、数千年にわたって地球の磁場が弱くなって、そして逆転する。

 じつは地磁気を正確に測れるようになってからまだ180年しかたっていない。その間、地磁気は直線的に下がっている。つまり、数千年以内に、磁場がゼロになって、その後南北が逆転するのではないか、というのが定説になってきた。

 ところで地磁気が弱くなってなくなってしまうあいだには地球に降り注ぐ宇宙線やX線が増える。これは地球上の生物にとって、とても危険なことだ。全滅するのではないかと考えている学者もいる。私たち人類をはじめ、地球上の生物は地磁気が作ってくれるバリアの中にいるから安全なのだ。

 つまり、いままでの定説では、数千年以内に地球上の生物の危機が訪れるはず、ということになっていた。

 ところが、最近、まったく違う発見があった。イスラエル・テルアビブ大学の科学者による研究だ。

 それはエルサレム近辺から出土した3000年前の古代エジプトの陶器の分析から分かった。陶器の壺の取っ手に、それぞれの時代の王特有のマークや古代ヘブライ語が書いてある。つまり壺が作られた年代が正確にわかる。

 陶器を焼くときの高温で、材料の粘土の中にある微細な鉱物の磁性がリセットされる。リセットされる温度をキュリー温度という。そして冷えていくときの地球磁場が改めて陶器に記録されるのだ。

 600年間にわたるデータが得られた。それによれば、紀元前8世紀後半には磁場が一時的に高くて、いまの2.5倍に達し、その後30年間で20%も落ちたことが分かった。つまり、地球磁場は、短い間にも増減を繰り返していた。

 だとすれば、現在までの180年間で10%という減少が、そのまま続いてやがてゼロになるという定説が覆るかもしれない。世界の終末が少し遠のいたのだろうか。

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