島村英紀『夕刊フジ』 2017年10月6日(金曜)。4面。コラムその218「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

エベレストの高さが変わった?!
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「エベレストの高さが変わった? 年々高くなるヒマラヤの山々、山頂はかつての海底 」

 ネパールが世界最高峰エベレストの測量作業を同国としては初めて行うことになった。

 この山頂はネパールと中国の国境に位置するが、いま、高さとして知られているのはネパールでも中国でもなく、半世紀以上も前の1954年にインド測量局が行った測量だ。周辺12ヶ所から測定した結果を平均して8848 メートルになった。この数値がその後ずっと一般に使われてきた。

 また、1999年、米国のチームがGPSを使って8850メートルと推定した。2005年には中国のチームが8844メートルとしたが、ネパール政府はいずれも正式な測量とは認めていなかった。

 その後、2015年にマグニチュード(M)7.8のネパール大地震が起きた。数千人が犠牲になった。このとき首都カトマンズの地下にある基盤岩が南方へ約3メートル移動するなど、国内の地形にも大きな影響を及ぼした。

 この地殻変動でエベレストの高さも変わったのではないかとの声が高まったこともあって、測器を山頂に運び上げて正式の測量をすることになったのである。

 ところで東京・板橋区にある植村冒険館にはエベレストから冒険家・植村直己が取ってきた白っぽい小さな石が飾ってある。今は石を持ってくることは禁止されているが、当時は登頂した記念に石を持ち帰ることがよく行われていた。

 これは石灰岩で、海の底で出来たものだ。山頂付近には貝の化石もある。つまりエベレストなどヒマラヤの山々は、かつて海底だったところが1万メートル以上も持ち上がったのだ。

 この持ち上がりは南からやって来たインドプレートとユーラシアプレートが押し合ってせり上がって起きたものだ。

 いまでもインドプレートが押してきている。このためヒマラヤの山々は年に平均で約5ミリずつ高くなっている。大地震があって崩壊などしなければ、エベレストの高さも、どんどん高くなっていっているのである。

 インドプレートが北上している速さは年に5-7センチほどだ。この一部が高さの変化になっている。5-7センチの速さとは、フィリピン海プレートが日本に衝突してくる速さよりは少し大きい。

 そして、このプレートの衝突は地震も起こす。7万人の犠牲者を生んでしまった2008年の四川大地震(M7.9)や、やはり7万人の犠牲者が出た2005年のパキスタン大地震(M7.6)など、多くの地震も起こし続けている。日本で恐れられている南海トラフ地震もやはりプレートの衝突で起きる。

 ネパールでも、2015年の大地震以前にも、1934年にはM8.4の地震で1万人以上、1988年のM6.6の地震で1500人近くが死亡している。ネパール、パキスタン、中国などヒマラヤの周辺国では、このように繰り返し大地震に襲われているのだ。

 世界最高峰の雪山。眺めるには見事な山だ。だが、その高さを作ったメカニズムは、同時に大地震も起こす。それが地球物理学が示す冷厳な事実なのである。

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