島村英紀『夕刊フジ』 2017年6月2日(金曜)。4面。コラムその200「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

火山が生む泥流の恐怖 雪や氷の下での噴火は大量の水と混ざり一気に押し寄せ

 火山が見えない場所でも火山災害は起きる。

 雨も降っていないのに、遠くの火山からの泥流がいきなり襲ってきたのだ。いまから91年前の1926年5月下旬のことだった。北海道の中央にある十勝岳が噴火して、火山泥流が上富良野(かみふらの)など二つの村を埋めた。144名もの犠牲者を生んでしまった。

 被災地から火山は見えない。泥流は谷筋を刻んだ曲がった川に沿って流れ下り、25キロも離れたところで人々を襲ったのだ。いまだったらずっと多くの人が住んでいるだけに、もっと大きな火山災害になっただろう。

 泥流は流下するにつれて速度を増し、平均時速60キロもあった。とても逃げられない速さだ。ふだんの沢水よりはずっと速い。同じく火山から出る火砕流は新幹線の速度なみで、温度も300度を超える。泥流はそれよりも遅いとはいえ、襲われたら逃げられない火山災害だ。これらに比べれば、溶岩流の速度は遅い。走れば逃げきれるくらいだ。

 十勝岳が噴火したのは5月だったが、山はまだ、雪に覆われていた。火山泥流は雪の下で噴火したので雪を溶かして大量の水が出たのだ。出てきた溶岩の温度は約1000 ℃。雪を一瞬に溶かして大量の水を生む。

 世界では、雪や氷の下の噴火で、もっと大きな災害を生んだことがある。

 南米コロンビアにあるネバドデルルイス火山。1985年、火山泥流に町が呑み込まれて23000名もの犠牲者を生んだ。泥流が広く覆ってしまったため道路が使えず、ヘリコプターで近づくしかなかった。被災地の中心だった町はなすすべくもなく放棄されて人々が埋まったまま、墓地になった。

 このときは夏だったが、標高5321メートルある火山の山頂付近は氷河におおわれていた。この氷河の下で噴火が始まった。

 普通の土石流なら約30分の1以下の勾配のところで止まるのに、火山泥流は50分の1〜100分の1という緩い勾配でも流れ下った。泥流は水分が多いし、細粒の火山灰を多量に含んでいるから流動しやすい。それゆえ遠くまで届く。2時間半で100キロ以上の距離を流れ下ったことが分かっている。

 この勾配や距離を日本にあてはめれば、もし富士山が雪の下で噴火して泥流が出ると、桂川や相模川に沿って泥流が流れ下って神奈川県相模原近くまで達することになる。

 コロンビアの被災地では、山頂から被災地までの直線距離は45キロ、標高差は5000メートルだった。麓から山頂を見上げる仰角は約6度になる。

 富士山にあてはめてみれば、6度というのは30キロ離れた静岡県三島や駿河湾の富士川河口あたりや山梨県大月での角度だ。いずれの場所も富士山からは下る一方で、流下をさえぎるものはない。

 もちろん、富士山には限らない。火山を仰ぎ見るところに多くの人が住んでいる場所は日本に多い。

 たとえ麓は初夏や秋でも、山頂付近には雪がある季節は長いのである。

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