島村英紀『夕刊フジ』 2017年5月19日(金曜)。4面。コラムその198「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

ベヨネース列岩に噴火警報 観測難しい海底火山、過去に悲劇も

 このところ、首都圏から南に延びる火山が騒がしい。3月末、気象庁が「ベヨネース列岩」に噴火警報を出した。4月下旬には西之島新島の噴火が1年半ぶりに再開して、新島は約170メートル四方ほど拡大した。

 ベヨネース列岩は東京の南約400キロ。西之島の約半分のところだ。19世紀半ばにフランスの軍艦「ベヨネーズ」が発見したのでこの名がついた。

 今回、ベヨネース列岩で変色海域が見つかった。海が黄緑色になっていて、海底噴火が始まったのだ。その後も泡が海面上に見つかるなど、盛んな活動が続いている。

 ここは海面上にいくつかの岩礁が突き出ているほか、海面下にもいくつもの岩がある。だが、この付近の海底は水深1000メートルを優に超える。つまり高い火山の山頂がいくつもある海域なのである。

 海上に見えていない海底火山も多い。ベヨネース列岩も、かつての噴火で海上に島が現れたことも何度かあるが、海の浸食で削られて、その後海上からは消えてしまった。

 このベヨネース列岩では、かつて悲劇が起きた。1952年のことだ。海上保安庁の観測船「第五海洋」が海底火山の噴火で吹き飛ばされた。船はバラバラになり、船に乗っていた31名全員が殉職した。

 火山がこれから噴火するかどうか、その動向を調べる大事な手段の一つは山体膨張だ。マグマが上がってきて山体が膨らんでいけば、噴火が近いことになる。

 陸上の火山ならば傾斜計やGPS測定装置も設置できるので山体膨張は見える。遠くからでも表面温度も測れる。だが海底火山では観測の手段が限られる。山体膨張も、観測船が真上に行って測深儀(そくしんぎ)を使って水深を測るしかないのだ。

 測深儀による水深の測定は超音波を船から海底に向かって出し、反射波が帰ってくる時間から水深を知るものだ。船が火山の上にいなければ測れない。第五海洋もほぼ間違いなく、水深の測量中に突然の噴火に遭ったに違いない。

 じつは1989年にも海上保安庁の観測船「拓洋」が吹き飛ばされるところだった。観測船は群発地震が続いていた伊豆半島・伊東沖で海底地形の変化を測っていた。この調査で拓洋は海底から高さ25メートル、直径450メートルの円錐形をした海丘を発見していた。以前にはなかったものだ。

 そして引き続き周辺の調査をしていたときに、この海丘がいきなり噴火したのだった。手石(ていし)海丘の噴火である。

 もし真上にいたら第五海洋事故の再来になったかも知れない。

 この事件以来、海上保安庁は無人の小型観測艇を開発した。海底火山の噴火は予測できないものだけに、船を真上に持っていくのはあまりに危険だからである。

 さて、このベヨネーズ列岩や、噴火を再開した西之島新島がどうなるのか、地球物理学者は重大な関心を持って見守っているのである。

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