島村英紀『夕刊フジ』 2016年12月16日(金曜)5面。コラムその178「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

人類滅亡の危機もたらした「磁気嵐」
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「人類滅亡の危機もたらした「磁気嵐」 核戦争も間一髪だった」

 キューバを半世紀以上の間、率いてきたフィデル・カストロが11月末に亡くなった。

 フィデル・カストロは1962年に「キューバ危機」を引き起こした。米国から国の崩壊工作や暗殺を何度も仕掛けられ、その報復として当時のソ連から核ミサイルをキューバに導入した。これを探知した米国は「海上封鎖」をしてソ連に対抗した。戦争行為である。「危機」はこうして起きた。

 日本ではあまり報じられていないことだが、そのときにフィデル・カストロは「核兵器は先制使用しないと意味がない」との言葉も残している。

 もし、あの「危機」が米ソ両国の核兵器が飛び交う結果になったとしたら、いまのこの世界はなかったにちがいない。

 1960年代には、米ソ両国とも、相手が核兵器を先制使用するのではないか、とピリピリしていた。

 北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)では大陸間弾道ミサイル(ICBM)監視レーダーを24時間動作させていた。ICBMは核兵器を搭載する長距離ミサイルである。監視レーダーは米国アラスカ州をはじめ、グリーンランドや英国にも設置してあった。ソ連の包囲網だった。

 ところがそれが突然故障した。各地の装置が一斉に故障したのだ。1967年5月のことだ。これはてっきり旧ソ連による妨害で、戦争行為だと米空軍が思ったのも不思議はない。

 相手は核ミサイルだ。もし米国に向かって空中を飛んでいたら、時間的な余裕はほとんどない。このため、米空軍は攻撃準備態勢を取った。核の報復爆撃である。緊張が走った。

 だが、原因はソ連ではなかった。「磁気嵐」だったのだ。

 このときには太陽に黒点が多数出現し、フレアと呼ばれる爆発現象が発生していた。このため太陽から放出された大量の高エネルギー粒子が地球に飛来し、地球を取り囲んでいる磁気圏が大きな影響を受けたのだった。

 米空軍は攻撃のための航空機を発進させる寸前だったが、磁気嵐が原因だという情報が軍首脳に上がり、発進は直前に中止された。

 間一髪だった。核戦争が起きないともかぎらない瀬戸際だったのだ。

 核兵器から米国を守るはずの監視レーダーが一斉に故障してしまったのは、太陽の活動が異常に活発化したためだ。その影響が及んで、地球で観測史上最大級の磁気嵐が発生していたのだった。

 この磁気嵐はめったにないほどの大規模なもので、ふだんは見えるはずのない米国南部でもオーロラが見えたほどだった。

 じつは、この「事件」が知られるようになったのは今年になってからだ。今夏に、米国地球物理学連合の学会誌にはじめて論文が発表されて、明らかになった。

 1960年代に、誰のせいでもなく、人類がいとも簡単に滅亡してしまったかもしれなかったのである。

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