島村英紀『夕刊フジ』 2016年8月26日(金曜)5面。コラムその164「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」 

氷の世界で繰り広げられる不思議
『夕刊フジ』の公式ホームページの題は「氷の世界で繰り広げられる不思議 時間を決められない場所」

 オリンピックも終わり、暑い夏も、もう少しになった。そこで涼しい話題を。

 世界で、その場所の時間を決めているのは太陽が昇ったり沈んだりする時間だ。日本だと、ちょうど東経135度にある兵庫県明石市が時間の基準になっている。

 だが、こうやって時間を決められない場所が地球には二カ所ある。ともに、一年中氷に閉ざされている世界だ。

 わかるだろうか。北極点と南極点である。夏になれば一日陽は沈まないし、冬は一日中真っ暗だ。地球上のほかの地点のように、太陽が東から昇って西に沈むことはないのだ。

 北極点は人が住んでいないからどうでもいいようなものだが、南極点には南極基地がある。ここには夏は200人以上、冬を通して越冬する隊員が100人以上も滞在している。

 ここで時間がないのは不便だ。だから、人工的に時間を決めている。

 それは「ニュージーランド時間」なのである。日本時間より夏は4時間、その他の季節は3時間進んでいる。

 これは南極点基地を持つ米国が、ニュージーランドに補給本部を置いているせいだ。南極大陸のあちこちにある米国の基地に飛行機で補給するには、同じ時計でないと不便だからである。このために巨大なスキーを履いた特殊な輸送機が使われている。

 北極点では、真夏の7月でも約0℃だが、南極点では、真夏の1 月にも約-30℃と、ずっと寒い。これは冬でも同じで、北極点では1月は約-30℃だが、南極点では7月には-70℃の世界にもなってしまう。これは北極点が海に囲まれているのに対して、南極点は南極大陸の真ん中にあって標高も高いせいだ。

 ところで、あまり知られていないことだが、真っ暗な日が続く長さは、南極点の方が長い。南極点の183日間に対して、北極点は176日と、一週間も違うのである。

 この理由はちょっとむつかしい。地球が太陽のまわりを回っている公転のせいなのである。地球が太陽にもっとも近づくのが1月、もっとも遠くなるのが7月で、公転の速さが、1月のほうが7月よりも速いからなのである。

 南極点には訪問者が記念撮影をするための立派な碑があり、各国の旗がはためいている。日本の政治家も何人か行って記念写真を撮った。

 だが、ほんとうの南極点には、貧弱な柱が、200メートルほど離れたところにポツンと立っているだけなのである。

 この柱は、毎年立て直されている。これは南極点の基地が年々10メートルずつ動いているからだ。南極点が2800メートルの厚さの氷の上にあって、その氷はゆっくり動いている。

 もちろん、南極基地も一緒に流されていっている。だが、日本付近のプレートが動いている速さの100倍以上とはいえ、上で暮らしている人間には感じられない速度なのである。
 
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