島村英紀『夕刊フジ』 2016年2月26日(金曜)。5面。コラムその140 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

群発地震が示すマグマの動き
『夕刊フジ』の公式ホームページの題は「群発地震が示すマグマの動き 89年の海底噴火の「次」は陸上の可能性も」

 新聞にベタ記事というものがある。一段のごく小さな記事だ。しかし、人によってはドキリとする。先日、地球物理学者がドキリとするベタ記事があった。

 それは、さる1月23日早朝に静岡・熱海で震度3を記録した地震だった。震源は熱海の南の海底、つまり伊豆半島東方沖だ。マグニチュード(M)は3.3だった。小さな地震が続いた群発地震のひとつだった。地球物理学者は、大規模な群発地震がまた始まるのではないかと心配したのである。

 伊豆半島東方沖は群発地震がよく起きるところだ。群発地震は1978年以来,20年間に37回も起きた。

 ここの群発地震にはさまざまなスケールのものがあり、大きなものは数十日のあいだに10000回以上の地震が起きた。このときには有感地震も数百回あった。

 群発地震が起きやすい場所がある。1965年から1970年にかけて起きた長野県・松代(まつしろ)や、1975年から1976年に起きた宮崎県・霧島山周辺や、1978年に起きた北海道・函館周辺や、1992年の沖縄県・西表(いりおもて)島周辺や、1998年の岐阜県・飛騨地方などだ。それぞれかなりの騒ぎになった。

 地下で地震を起こす岩にはいろいろな性質のものがあり、群発地震を起こすところは「松ヤニ」にたとえられる。力を加えられた松ヤニは、ピチピチと音を立てながら徐々に曲がっていく。これが群発地震なのである

 他方、ガラスのような性質を持つ岩もある。曲げていくと松ヤニとは違って、一挙に割れる。こういう岩のところでは群発地震は起きない。

 群発地震を起こすメカニズムで分かってきたことがある。その多くは地下から上がってきたマグマが原因だったことだ。

 松代も函館も、地下からマグマが上がってきて群発地震が起きたが、最終的にはマグマは地下で「凍りついて」くれた。それで群発地震も終わり、新しい火山が地表に誕生することもなかった。

 この連載で前に書いたように、1989年に静岡県・伊東のすぐ沖で海底噴火が起きて「手石(ていし)海丘」が作られた。群発地震が続いたあと、マグマが海底を突き破って出てきたのだ。

 伊豆半島東方沖から陸上にかけては「単成(たんせい)火山」が多い。伊東市にある大室(おおむろ)山が典型だが、富士山のようにひとつの火山が何度も噴火を繰り返すのではなくて、一回だけ噴火して火山を作るものだ。これらの単成火山ができるときには群発地震があったことがわかっている。

 1989年の伊東沖でも、激しい群発地震のあと火山性微動が続き、新しい火山が出てきたのだ。

 ところで、かつて作られた単成火山はいくつかずつ列状に並んでいて、次々に作られていったことが分かっている。

 だが手石海丘は、まだ「その後」がない。同じような群発地震をともなった噴火が、今後またあるのではないかと注目されているのだ。

 1月の熱海沖の地震は手石海丘の「その後」になるのでは、と地球物理学者は心配したのである。今度は陸上で噴火しないとはかぎらない。


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