島村英紀『夕刊フジ』 2015年12月4日(金曜)。5面。コラムその130 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

火山の噴火を知らせる磁力の仕組み
『夕刊フジ』公式ホームページの題は「火山の噴火を知らせる磁力の仕組み 溶岩近くで磁気コンパス使えないのは都市伝説」


 迷い込んだら出られなくなるという富士山の北麓に広がる青木ヶ原樹海。ここでは磁気コンパスが使えないという伝説がある。

 青木ヶ原樹海は富士山の三大噴火のひとつである貞観(じょうがん)噴火(864-866年)のときの溶岩が固まっで出来た。富士山の北側の山腹から大量に出てきたものだ。貞観噴火は富士五湖も作った。

 ちなみに現在までの最後の噴火である宝永噴火(1707年)はやはり大きな噴火で三大噴火のひとつだった。これは南東側の山腹から噴火したものだ。

 溶岩のなかには磁鉄鉱が多く含まれているから、溶岩は磁力を持つ。だがコンパスが狂うというのは都市伝説だ。溶岩が持つ磁力は地球の磁場に比べてずっと弱いものだから、実際にはコンパスは溶岩にごく近づけないかぎりほとんど狂わない。

 一般に火山は大きな磁石になっている。ところがマグマが上がってきて噴火が近づくと火山体の岩の温度が上がる。地下の温度が約400℃を超えると、火山岩は憶えていた磁場を忘れてしまう。火山体としての磁石が弱くなってしまうのだ。

 磁石がある温度で磁石の性質を失うことを発見したのは物理学者のピエール・キュリーで、この温度をキュリー温度という。なお、ピエールの妻が放射線の研究者マリー(キュリー夫人)で、1903年に夫妻揃ってノーベル賞を受賞した。

 この性質ゆえ火山に磁力計を置くことによって、火山の下にマグマが上がってきたかどうかが分かる。マグマが上がってくると地球磁場と火山岩の磁場を合成した値が変化する。つまり噴火予知の一助にしようというわけだ。

 それならば、火山体の表面で温度の変化を測ればいいと思うだろう。しかし地下の温度が「熱伝導」で表面に伝わってくるのには何千年以上もかかる。これでは予知するには遅すぎる。

 たとえば地下わずか数メートルのところにある地下水の温度は、東京で15℃、札幌で8℃で年中一定だ。これはその土地の年間平均気温なのである。年間に気温はずいぶん変動するが、地表から数メートル下がるだけで、この変動は年という長さでも伝わらないということだ。

 熱水や火山ガスが出てくるところなら温度の変化はもっとずっと早い。だが、それらは地下に割れ目がある特定の場所だけの情報で、地下全体の温度をいつも正直に伝えてくれるわけではない。このために磁力計を使って火山体全体の地下の温度上昇を知る観測が必要なのだ。

 気象庁は2000年ごろから、国内の火山に磁力計を置きはじめた。たとえば北海道・苫小牧の近くの樽前山(1041メートル)では、この10月に磁力計を設置した。また釧路の近くの雌阿寒岳(1499メートル)でも観測をはじめている。

 このほか今年度中には御嶽山(3067メートル)吾妻山(福島県、1949メートル)、霧島山(宮崎・鹿児島県境、1700メートル)にも磁力計を設置する予定だ。

 とても地味だが、火山の地下を知るための観測は、こうして、少しずつ進んでいるのである。

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