島村英紀『夕刊フジ』 2015年10月2日(金曜)。5面。コラムその122 「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」

特定の高さの建物襲う「地震波」の恐怖
『夕刊フジ』の公式ホームページの題は「特定の高さの建物を襲う「地震波」の恐怖 メキシコ地震では14階建てが高い倒壊率」

 9月19日はメキシコ地震(1985年)から30年の記念日だった。メキシコでは600万人もが参加して大規模な防災訓練が行われた。

 メキシコ地震は震源から300キロメートル以上も離れたメキシコの首都メキシコシティで集中的な大被害を生んだ。300キロメートルとは東京から名古屋や仙台までの距離にあたる。

 首都での死者1万人以上(NPOの調べでは2万人以上)、建物の倒壊3万棟以上にも達した。

 この地震はマグニチュード(M)8.1。メキシコの太平洋岸で発生した地震だった。メキシコの太平洋側に潜り込んだプレートが起こした地震だ。元凶のココスプレートは日本の地下に潜り込んでいる太平洋プレートと対をなすプレートだ。

 被害が内陸にある首都に集中したのは、メキシコシティがかつてあった大きな湖、テスココ湖を埋め立てて作られた軟弱な地盤だったことが大きい。このため市の地下にはかつての湖の堆積物が300メートルの厚さに積もっていた。

 このメキシコ地震にはもうひとつの特徴があった。それは特定の高さのビルが倒壊したことだ。

 首都だから、平屋から超高層ビルまでいろいろな高さのビルがある。倒壊したのは7階建てから21階建てまでのビルだったが、その中で群を抜いて高い倒壊率だったのが14階建てのビルだった。

 これは倒れたビルが長周期の地震波に共鳴してしまったためだ。ビルにはそれぞれ固有の周期があり、その周期の地震波に揺すぶられると共鳴して揺れが大きくなって倒壊に至る。バイオリンは弦の長さを指で変えて音の高さを変える。建物もこの弦と同じで、高ければ固有周期が長くなる。

 中南米一の高さだった43階建てのラテンアメリカタワー(右の写真。2012年島村英紀撮影)は、固有周期がずっと長かったので共振は起こらず、ガラス数枚が割れただけで、被害はごく少なかった。

 震源からの距離や、軟弱地盤が拡がっていた地下構造ゆえ、地表を襲った地震波は約2秒のところにピークがあった。地震波の周波数は数十ヘルツから数十秒まで幅広いが、2秒は地震波としては周期が長いほうだ。このため「長周期地震動」と言われる。

 じつは14階建てのビルの固有周期は2秒ではなく1.4秒だ。それが倒壊してしまったのは、強い揺れで建物の一部が壊れてしまったことで建物の固有周期が長いほうにずれてしまったせいだった。

 阪神淡路大震災(1995年)のときもこの「現象」は起きた。低層の木造家屋は0.2〜0.3秒の固有周期を持っているが、地震波としては周期1秒くらいのものが大きかった。それでも倒れてしまったのも同じ理由だと考えられている。

 ところで、メキシコ地震のあと、日本の政府や各会社から多数の調査団が派遣されて報告書を作った。

 しかし、現地で世話をした人の話では、どの調査団も、出来た報告書をメキシコ側に送ってこなかったという。失礼なことだ。みな、日本を向いてしか、仕事をしていなかったのである。

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