『大地の不思議』(静岡新聞・特集面「週刊地震新聞」)、2001年8月14日〔No.28〕
地震予知の公開バトルロイアル
科学は国際的なもののはずだ。日本での物理学や数学の法則とドイツの法則が違うわけはない。
しかし、地震予知の研究だけは、国によって、大きな温度差がある。たとえば、米国でも欧州でも、地震予知をうたった研究には研究費は出ない。審査でふるい落とされてしまうのである。つまり地震予知は研究に値しないというのが科学者の合意になっているからである。
『ネイチャー』という英国で発行されている科学雑誌がある。世界で最も権威がある科学雑誌だと言われている。幸い私はこの雑誌に筆頭著者として三つの論文を採用してもらったことがあり、おかげで科学者の中では、いまだに大きな顔ができる。
その『ネイチャー』が一九九九年に七週間連続で、地震予知について、公開討論をしたことがある。同誌のホームページで、世界の科学者の意見を集めたのである。
ホームページだから、反応がすぐに来る。ある週に出たことが、次の週には賛否両論が世界中から集まることになった。いわば、同時進行の公開バトルロイヤルである。
活発な議論が行われた。最後の週に、討論のまとめが出ている。それによると、一般の人が期待するような地震予知はほとんど不可能で、本気で研究するのには値しない、とある。
では、日本はどんな主張をして、どう受け入れられたのだろう。日本は二千億円を超える研究投資と、地震予知計画で得た数百人の要員を擁する世界有数の地震予知大国なのである。
奇妙なことだった。誰でも参加できるこの公開討論に、日本人は誰一人として参加しなかったのだ。代表を送り込んだわけでもない。内弁慶、と言われてもやむを得ないだろう。(注)
日本の大学の中では群を抜いて多くの地震予知計画の予算と人員を入手した東京大学地震研究所という組織がある。ここには「地震予知情報センター」という部門がある。
しかし、この部門の英文名称は、日本語に訳せば「地震の情報センター」になっている。つまり「地震予知」を意識的に省いてしまっているのだ。
対「外」的な名前だけは、すでに、十分に国際的になっているのである。
(注)正確に言えば、日本から一人だけは参加した。Robert Geller氏(ボブ・ゲラー。東京大学教授・大学院理学研究科)である。よく知られているように、氏は日本の地震予知体制、とくに研究体制への強い批判者である。
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