たかが砂糖、されど砂糖
自然に島村英紀のところに集まってしまった砂糖


 砂糖はホテルのレストランや喫茶店のテーブルに必ず置いてあるものだ。しかし、たかが砂糖、されど砂糖。それなりにお国ぶりが出る。とくに砂糖のように、内容にも印刷にもコストをかけたくない安価なものは、それなりのお国ぶりが正直に出る。

 大きく分けると、包装紙に包んだ角砂糖と、平べったい紙袋に入れたグラニュー糖とに分かれる。もちろん、テーブルの上の壺に入れてある砂糖もないわけではない。しかし、日本以外では、まず見ない。壺に毒物などを入れられても困るし、私の日本の友人のようにコーヒー一杯にスプーン7杯も砂糖を入れる豪の者もいる。これなら包装紙にくるんだ「定量」のほうが精神的なしきいは高いのにちがいない。

 客に対する「感謝の念」を表すかどうか
にお国ぶりや店の接客態度の差も出る。5のドイツのように、ちゃんと店の感謝を示しているのは、むしろ少数派である。砂糖ごときに感謝されるのは・・という客の心理もあるのだろう。


1 : 旧ソ連が誇った高速機関車の絵柄の巨大角砂糖(1978年製造のもの)

かつてのソ連(CCCP、現ロシア)は、ばりばりの社会主義国だった。工場はすべて国営工場で、砂糖も間違いなく国営工場で作り、あの広大な国土の隅々まで配送されていた。

しかも、すべての製品に、「製造年」や「定価」が書いてある。衣料品も、本も、こんな砂糖もそうだ。本には発行部数まで書いてあった。この砂糖も、下の写真のように、1978年に製造されたと表示されている。


いかにも当時のソ連製らしく、紙質は悪く、印刷も粗悪なものだ。しかし、当時のソ連に限らず、この種の砂糖の包装に使われる紙や印刷方法は、なるべくコストのかからないものを使うのが、一般的だった。

ところで、全国に行き渡るものならば、デザインもそれなりに、国として誇るものを選ぶだろう。これは、流線型の高速鉄道の機関車である。だが、これは実在しない「未来」の機関車だ。ソ連にあったのは、もっとずっと無骨な機関車だった。なお、左上にある羽根のマークは国営鉄道のマークである。

しかし1960年から70年台は、ジェットエンジンを天井に取り付けた、奇想天外な機関車を試作したことがある。Yak-40型という中型旅客機のジェットエンジン2基を先頭車両の頭に搭載した「ER22」だ。最高速度は 250km/h に達したと言われている。なお、Yak-40は21世紀になってもロシアとその周辺国を飛んでいる名機だが、寄る年波、近年は事故が多くなっている。


このER22はソ連が高速実験鉄道車両として開発していたものだったが、燃費が悪いことや、あまりにも不格好なことや、排気ガスが高温で危険なことや、大きな騒音を出すことなど、欠点が多くて計画は中止された。

側面に書いてあるcaxap(サハール)はロシア語で砂糖である。ところで、この角砂糖は、日本や世界のほかの国のものと比べて、はるかに巨大である。包装紙の外寸は61 x 23 x 11mmもある。ほかの国の標準品よりも2倍以上も大きい。

一回のコーヒーや紅茶に使うだけのものを包んであるはずなのだが、お国ぶりが違うのだ。もっとも旧ソ連では紅茶には砂糖ではなくてジャムを入れるのがふつうだった。

さすが旧ソ連で、すべてが大味なのである。


2 : ノルウェーの「心遣い」あふれた砂糖

旧ソ連とは対照的なのが、このノルウェーの角砂糖だ。左の写真に見られるように、ほかの砂糖のように爪を使って包装紙を破らなくても、タブ状に出たところを引っぱるだけで、包装紙が剥ける。

SUKKERはノルウェー語で砂糖のことだ。

この砂糖にはすごい名前がついている。エルドラド。スペイン語で黄金郷のことだ。

前項に書いたように、の種の砂糖の包装に使われる紙や印刷方法は、なるべくコストのかからないものを使うのが、一般的だ。

しかし、この砂糖の包装紙の印刷は、コストのかからない安い印刷なりに、高級感をかもし出すのに成功している。これはドットで表したアルファベットのせいである。

上のソ連の角砂糖と違って、こちらは、標準的なサイズで、2個入りになっている。包装紙の外寸は 36 x 16 x 10mmほどだ。これが世界標準のサイズである。


じつは、この同じ砂糖、Eldoradoはノルウェーの隣国、デンマークでも作っている。写真はデンマーク製の角砂糖、右下の写真に見られるように、デンマーク製とある。

この角砂糖は立方体で、上のノルウェー製とは違う。包装紙の大きさは 27 x 15 x 14mm である。立方体の角砂糖が二つ入っている。日本人にはこちらのほうが馴染みがある。

SUKKERはデンマーク語でも砂糖のことだ。じつはノルウェー語を知っていれば、スウェーデンでもデンマークでも言葉が通じるほど、言語が似ている。ただし、アジア起源だったフィンランドだけは、人々の顔つきや服装からは区別がつかないが、全然ちがう言葉だ。

ノルウェーの人口は450万人。これは北海道の人口とほとほぼ同じだ。デンマークはこれに近い560万人。スウェーデンだけは倍ほどの人口だが、それでも日本に比べれば、ごく小さい。つまり、この三国はそれぞれ単独ですべての工業製品を作る規模はないので、砂糖も「分業」しているのであろう。ちなみにSukkerはデンマーク語でスウェーデン語でも同じものである。

ただし、面白いことがあった。ノルウェーの大学で共同研究をして、さて、帰ろうというときに、でマークから来た大学院生にタクシー会社に電話をして貰ったのだが、待てど暮らせど来なかった。似ているようで、発音が通じないこともあるのだ。程度が強い東北弁のようなものなのだろうか。


3 : サイズでは、このメキシコの砂糖も世界有数のものでしょう

これも巨大な角砂糖だ。上の1のソ連の3つ入りの角砂糖ほどではないが、包装紙の外寸は27 x 26 x 18mmもある。

それにしても、この貧相なデザインは何だろう。裏の電話のマークはわかるものの、肝心の表面の模様は、何を意味するのだろう。まさか。カブトガニではあるまい。

メキシコの形ではないことは確かだが、これを手にするほとんどの人が、なんの絵か、分からないにちがいない。

Azucarはスペイン語で砂糖のことだ。スペイン語はポルトガル語を使っているブラジル以外は、広く中南米で使われている。


いや、中南米からの合法・非合法の移住者が多い米国では、英語が使えないこともよくある。

たとえばニューヨークのタクシーでは、スペイン語で値切ると安くなるのだ。


4 : これはオランダの角砂糖。さすがヨーロッパで、各地からの客に分かるよう4ヶ国語で「砂糖」と書いてあります

大きさは上にあるノルウェーのものとほぼ同じで包装紙の外寸は 32 x 17 x 11mm ほどだ。

じつは Beghin Say はフランスに本拠を置く甘味メーカーである。下の 8 も同じ会社のものだが、仕向地向けに、まったく別の製品を作っているのであろう。

sucreはフランス語、sugarは英語、zuckerはドイツ語、そしてsuikerはオランダ語で砂糖を表す。あるいは、書いてある順番に結構、深い意味が込められているのかもしれない。いずれにせよ、オランダ語はとてもマイナーな言語だと言うことを、オランダ人は思い知っているのであろう。

上の2のノルウェーの「心遣い」ほどではないが、大きな矢印が印刷してあって、ここから爪を使って剥がせばいいことが分かる。

コストの制約の中で単色印刷にしたわりには、抜群に品のいい印刷と言うべきであろう。英語では「割り勘での勘定」のことをDutch Accountという。

また、オランダ航空に乗ると、機内誌にある飛行機一覧には各飛行機ごとに燃費が書いてある。日本などほかの国ではまず見ない数字だ。ケチと言えばケチ、合理的といえば合理的なのであろう。


5 : ちゃんと客に「来て下さってありがとう」と感謝するドイツの角砂糖

これはドイツの角砂糖。いちばん目立つのは「店に来てくれてありがとう」と大書してあることだ。少なくとも、ここに掲げた砂糖のなかでは珍しい。

そして、肝心の「砂糖」という中身を示す文字はないのも特徴かもしれない。まあ、テーブルの上に置いてあって、それらしき恰好をしていれば、まさか、石鹸と思う客はあるまい、というドイツ流の合理的な判断かもしれない。

左の写真のように、なんとなく、端まで糊がついていなくて、爪でめくりやすくなっているのも、上のノルウェーの2の砂糖ほどではないが、それなりの心遣いなのだろう。

砂糖ひとつとっても、ドイツ流の接客術が現れているのであろう。

包装紙の大きさは 34 x 16 x 11mmで、標準的な大きさである。


6 : 「甜菜糖」ではなくて「サトウキビ糖」であることを全身で誇示している砂糖

砂糖は費用的に引き合わないから化学的に合成することをしていないので、北の国では甜菜(てんさい。砂糖大根ともいう)から取る糖を、そして南の国ではサトウキビから取る糖を使う。日本でいえば、北海道は甜菜の一大産地で、秋になると、生産した甜菜を運ぶための巨大なトラックが、甜菜糖を作る工場まで、足繁く通うのが風物詩になっている。

ヨーロッパでも、甜菜から取る甜菜糖がふつうだ。

だが、この砂糖は「サトウキビ糖(Cane Sugar)」であることを謳い、コストの制約がある粗末で貧弱な絵も南国らしさを、せいいっぱい表そうとしている。

じつは、甜菜糖には腸にいいとされるオリゴ糖を含んでいるうえ、味も甜菜糖を使ったものの方が深みがあり美味しいという評価が定着している。また日本ではサトウキビ糖が1キロ約180円なのに対して甜菜糖は1キロ約400円で、かなり高い。つまり甜菜糖のほうが高級品という評価なのだ。

だが、世界には、太陽の光線が少なくて、南国にあこがれる人が多い。たとえばノルウェーからタイに行く飛行機は、観光客で満席だ。また、私が知っているノルウェーの大学の観測船の機関長は、スペインに別荘を持って、折を見てそこに行って暮らすことを人生の楽しみにしている。定年の後は、スペインに移り住むつもりだ。

そういった人たちの心情に訴えるためには、この砂糖は最適だろう。

この製品は「Tate & Lyle」の製品だ。日本にも日本法人があるほどの世界的な甘味料の会社である。「サトウキビ」を謳い南国の絵を表示するのは、北国の人間向けのあざとい商売というべきだろうか。

包装紙の大きさは 29 x 14 x 15mmで小ぶりだが、標準的な大きさではある。立方体の角砂糖が二つ入っている。

(残念ながら、これがどこで入手した砂糖なのかは忘れた。英語で書いてあることだけは確かだから、中南米ではあるまい。タイだったかも知れない)


7 : 「世論」に押されて、サイズを小さくした角砂糖

見たところは、なんの変哲もない、普通サイズの角砂糖に見える。包装紙の大きさは 38 x 19 x 13mm。上のドイツの5に比べても、そんなに違わない。

ところが、このDaddy印の角砂糖は、ある時期から、突然、下の写真のように小さくなった。表(おもて)のデザインは同じなので、余計、小さくなったことが目立つ。

このサイズは包装紙の外寸で 27
x 18 x 12mm。つまり砂糖の体積にして1/1.6にも小さくなってしまったことになる。

これは「世論」のせいに違いない。カロリーの取りすぎ、甘いものの害・・・。近代文明社会では、砂糖は反社会的な存在にさえ、なりつつあるのかも知れない。

いっぺん包装紙を開けてしまった角砂糖は、全部、消費するのがふつうだ。それゆえ、全体を小さくする以外に、メーカーが社会的な責任を少しでも小さくする方法はなかったのであろう。

「ヨーロッパの砂糖」とフランス語で書いてある。裏は大きなコーヒーカップが雲や鳥とともに、なんとも下手な絵で描かれていて、野外のバーベキューやピクニックならともかく、ホテルや喫茶店で使うにはちょっと適さない図柄だ。だが、これはこれでホテルや喫茶店に適したものと考えるのがフランス流なのであろう。

ところで、脳天気な絵柄はコーヒーカップと雲と鳥だけではない。右下の写真のように、牧場のリンゴの木と雲と鳥の絵柄もある。

ところで、全体のサイズが小さくなってから、裏の絵柄も変わった。下の二枚は、その変わったあとの絵柄だが、これらも絵柄としては感心して見るようなレベルのものではないだろう。

騎手が馬にまたがって泥寧地を走っている青い絵柄と、もうひとつは、何を意味しているのか、まったく分からない絵柄に矢印が入っている絵柄。

「Obstacle」は英語では障害(物)だが、これも、馬で飛び越えるための障害なのだろうか。いずれにせよ、馬がとても好きなデザイナーにはちがいない。

この二つは1994年6月23-26日に開催された馬術競技の図柄らしい。 Chantillyはパリの北約30kmのところにある広大なシャンティイ競馬場で知られている。そのほか Chantillyでは馬の博物館や大厩舎もありフランスでは馬の聖地のようなところだ。

それにしても、もう少し、ましな絵柄にすればいいのに。


8 : この種の砂糖は意外に少数のメーカーが寡占している商売なのでしょう

これはフランス・パリのホテルに置いてあった角砂糖。立方体の角砂糖二つ入りで、私たち日本人にも、もっとも馴染みのある形だ。包装紙の外寸は 33 x 16 x 16mm。サイズも日本的だ。

どう見ても角砂糖なのに、わざわざ、上にフランス語で「角砂糖」と書いてある。角砂糖を角砂糖とわざわざ書いているのは、これ以外に見たことはない。

ところで、書いてある商標は、じつは上の4と同じだ。つまり、同じフランスに本拠がある甘味メーカーが作ったものにちがいない。しかし、オランダ向けとフランス向けは、まったく違うデザインである。

また、このフランス向けの製品は、あくまでフランス語しか書いていない。英語に押されて世界語の地位を滑り落ちてしまったフランスにしてみれば、なんとかフランス語の勢いを盛り返そうと必死なのである。

考えてみれば、角砂糖を小さな包装紙に入れてホテルや喫茶店に置くというのは、意外に寡占になりやすい商品なのかも知れない。

そもそも単価はとても安いものだし、軽いから長距離で大量のものも運びやすい。後から別のメーカーが出てこようとしても、なかなか、入り込めないものなのだろう。


この角砂糖は、黒・赤・金色という、ほかにはない華やかで派手な色使いが特徴だ。さすがフランス。ここで紹介した中では、もっとも洒落たものであろう。


9 : これも寡占。デンマークの角砂糖はノルウェーでも広く使われています

これはデンマーク製の角砂糖。包装紙の外寸は 27 x 13 x 13mm と上のフランス製よりも小ぶりだ。「社会的制裁」をより敏感に感じる北欧ならではのサイズなのだろう。

上に書いたように「sukker」はデンマーク語でも、ノルウェー語でも、スウェーデン語でも通じる。デンマークのこのメーカーは安心して自国語だけで印刷をして、そのまま輸出しているのである。

裏側はサクランボだったり苺だったり、いろいろある。

果物は一般には砂糖とともに食べるものではないから、私たち日本人には、とくにサクランボと砂糖との取り合わせが奇妙だが、北欧人にとっては甘い果物は輸入品しかないだけに、それなりの「甘い」あこがれなのであろう。

ヨーロッパ北部に住む人たちにとって、果物は自国では作れない、特別なものだ。

日本ならば売り物にならないような小さな、そして傷だらけのリンゴも売っている。

そして、桃やビワのように、運ぶと傷むものは、まず、ない。そのため、スペインやギリシャやトルコから来たオレンジが幅を利かせている。

ところで 、日本の梨を見せると、ヨーロッパ人はびっくりする。ヨーロッパの梨は日本でいう西洋梨で、丸くはない。日本の梨はリンゴと西洋梨をかけ合わせて巨大化させた日本特産のものなのだ。


10 : ヨーロッパの小さな航空会社の角砂糖

ルクセンブルグがどこにあるかを知らない日本人も多いだろうが、フランスとドイツとベルギーの間にある。面積が2600平方キロメートルしかない小さな国だ。日本の都道府県の面積と比べても、47都道府県の42位にしかならない。

人口も48万人しかいない。経済規模(GDP)は青森県なみだ。

じつは私が研究のために13回行ったことがあるアイスランドのアイスランド航空は、ルクセンブルグの空港に整備を依頼していたほか、ヨーロッパの中継地にも使っていた。そのためにこの砂糖を入手できたのである。

スペインの隣にあるアンドラや、アイスランドとともに、「小さな国の五輪」をやっている。私は商業主義にまみれた近年の五輪は嫌いだが、この「小さな国の五輪」なら、見てみたい。

このルクセンブルグ航空の角砂糖はなんとも可愛らしい絵柄だ。ここまで可愛らしくしなくてもよかったのではないかと思うほどだ。飛行機ともルクセンブルグとも関係がない絵柄である。

包装紙の外寸は 33 x 16 x 10mm。平べったい角砂糖が二つ入った標準的な大きさである。


11 : 北欧としては”大”航空会社SASの角砂糖

この砂糖を見た日本人は多いに違いない。SASの機内にある角砂糖だ。

SASは北欧の三カ国、スウェーデン、デンマーク、ノルウェーが共同で運航する航空会社で、本社はスウェーデンのストックホルムにある。

左写真にあるロゴやマークはSASのものだ。コストの制約のある角砂糖の包装紙では、十分な表現が出来ていないが、幸い単純なロゴとマークなので、なんとか形をなしている。

右下は、その裏面。アンデルセンとは北欧に多い名前で、この角砂糖を納めたメーカーだろうが、電話番号はスウェーデンのものだろうか。共同運航のあと二国ではこの電話番号ではかかるまい。

包装紙の外寸は 33 x 17 x 10mm。平べったい角砂糖が二つ入った標準的な大きさで上の10のLuxairのものとほとんど同じ大きさだ。


12 : 袋入りの砂糖だと急に饒舌になったアルゼンチンの砂糖

これはアルゼンチンの袋入りグラニュー糖。袋入りだと、印刷できる面積が断然、増えるので、突然饒舌になる砂糖がある。

これもそのひとつで、上の3と同じくスペイン語圏の国なので、Azucar(スペイン語で砂糖)とある。

しかも、3桁の精度があるかどうかは怪しいにしても、砂糖の内容量も6.25グラムと正確に書いてあり、中央には砂糖ではなくて、コーヒー豆の袋やコーヒーの木の葉っぱが描いてある。あと、会社名や電話番号も満載である。

本来、コーヒーを主に売る産業が砂糖も供給しているという構図なのだろう。だが、絵の中に6つある丸いポッチはなんだか分からない。

その袋の裏は、全面、絵になっている。

これもサトウキビや甜菜などとはまったく縁のない絵だ。コーヒーの木でもない。

なぜ、ブエノスアイレスの砂糖に、こんな絵が描いてあるのかは分からない。バリローチェの林の中の山荘であろう。

バリローチェはアルゼンチンの西部、アンデス山脈の麓にある景勝地で、アルゼンチンのスイスともいわれる。人口約12万人の町に年間約80万人が訪れる観光地である。アルゼンチン人にとって、あこがれの観光地ゆえに、この絵があるのだろうか。

袋の外寸は 75 x 50mm。


13 : 長細い袋入りでも角砂糖よりは饒舌なチリ航空の砂糖と粉状クリーム

これはチリ航空 (LAN Chile) の袋入りグラニュー糖と、袋入りの紛状クリーム。日本ではふつうになった長細い袋入りだが、印刷できる面積は角砂糖よりも多いので饒舌になりうる。

これもそのひとつで、上の3と同じくスペイン語圏の国なので、Azucar(スペイン語で砂糖)とある。国際線だし、スペイン語を解さない乗客のために英語でも Sugar と書いてある。

砂糖の袋の裏側が素っ気ないのに比べて、紛状クリームの袋の裏は饒舌である。容量 2.5グラムとあるほか、なんと5ヶ国語で、内容物の説明書きがある。英語は3番目だ。他方、砂糖のほうはなぜ内容量さえ書いていないのか、不思議だ。

チリ航空はメキシコからブエノスアイレスに行くときに、安くて便利なので使った。しかも、昼間にアンデス山脈を越えるので、天気に恵まれれば景観を楽しめる。


袋の長さは 105mm。


14 : 持ち帰ってもらううことが期待できないのに、この宣伝は・・・

日本の繁華街や都会の駅でよく配られている宣伝広告入りのティッシュペーパー。これは、もちろん、持ち帰ってもらって、あとでじっくり見てもらうための広告である。そもそもチラシは受けとらない人が多いので、宣伝広告入りのティッシュペーパーに「進化」したものだ。

この「進化」は日本ではとどまるところを知らず、かなり前には、一人一人に一個ずつちゃんと配っているのか、二個ずつ渡してさぼっていないかを監視する役のアルバイトを近くに配置することが始まっていたし、近年は、コスト削減からティッシュペーパーの枚数をどこまで少なくしても客にバカにされずに宣伝広告の役目を果たせるのかのぎりぎりの競争も行われている。

ちなみに、欧州で、この種の宣伝広告入りのティッシュペーパーを見たことがない。ある日本人が、もらった宣伝広告入りのティッシュペーパーを欧州に持っていったところ、四方八方から手が伸びてきて、あっという間になくなったという話しもある。この場合は、もちろん宣伝広告が読めるわけではなく、小さくたたまれた、しかも世界標準からいえば高品質の日本のティッシュペーパーの人気ゆえの事件である。

ところで、これはドイツのホテルのレストランに置いてあった袋入りのグラニュー糖。表と裏に、それぞれドイツ語とフランス語で同じ宣伝広告がある。

スイス西部のレマン湖畔、フランス語圏にあるローザンヌに有名な国際展示場・会議場があり、各種の展示や会議でにぎわっている。「Congres Beaulieu Lausanne」というもので、風光明媚なスイスらしい人集めに成功している。

この砂糖は、そこで1992年10月に開催されたホテルやレストラン業者の食の祭典のときの宣伝だ。なお、Aarbergはスイス西部の都市で、ここで作られた砂糖だ。

上の12のアルゼンチンの袋入り砂糖のように、内容量が書いてあるわけではない。砂糖のメーカー名以外は、全身、広告である。なお、ドイツではレストランでもホテルでも、シャンパングラスにもワイングラスにもコップにも、すべて法律によって容量を示す白線が無粋にも入れられている。内容量が書いていない、ということは、スイスにはこの規制はないのかもしれない。

不思議なのは、日本の宣伝広告入りのティッシュペーパーとは違って、この砂糖袋は、持って帰って、あとでじっくり見てもらうことがほとんど期待できない媒体であることだ。テーブルの上で封を切って中の砂糖をコーヒーに入れて、袋はそのまま、そこに置き去りにする。これで宣伝になるのだろうか。

なぜ、はるか遠くの北ドイツのホテルにあったのかも不思議だ。この会議のときの袋を作りすぎてしまって大量に余り、ドイツに持って帰ってホテルのテーブルに置いてあったのであろうか。

袋の大きさは 73 x 44mm。標準的な大きさである。


15 : そして、これこそが「究極の」砂糖入りの袋であろうか。メーカー名も航空会社名も、客にとっては不要なものだから。

考えてみれば、砂糖を消費する客にとっては、広告宣伝も、メーカー名も関係がない。唯一の選択肢として、目の前に一種類しか砂糖がない場面がふつうだから、この砂糖の袋のように、「砂糖」をあれば十分なのである。

まして、メーカーの電話番号など、わざわざ控えて電話をする客など、まず、いないはずだ。もし、砂糖に文句を言いたければ、目の前にいる CA(スチュアデス)やウェイターに言えばいいのだから。

この砂糖はヨーロッパを飛ぶ国際線の飛行機で食事についてきた砂糖。インドではお札に11の言語が書いてあるそうだが、ヨーロッパでは、もし全部を書いたらもっと多くなってしまう。その上、書く順番にも気を遣わなければなるまい。ちなみにインドネシアには700種類の言語が、そしてパプアニューギニアには800(一説には850)もの言語があるという。

それならば、(フランス人はしかめ面をするだろうが)いまや世界語になってしまった英語だけで書いておけば、十分だと考えたにちがいない。

この砂糖のメーカーにしてみれば、どの航空会社に納入するにせよ、レストランやホテルに納めるにせよ、これひとつで間に合う。それゆえコストも安くなっているはずだ。

つまり、日本の「無印」のようなものなのだ。いまや「無印」の店はヨーロッパ各地にも進出している。

袋の大きさは 63 x 56mm。標準的な大きさである。

島村英紀が撮った海底地震計の現場
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