島村英紀の裁判通信・その12
(2006年10月30日に配信)

(第10回公判。検事による論告求刑


2006年9月末から10月にかけて第8回公判(9月26日。弁護人による被告の主尋問・その2)と、第9回公判(10月3日。検事による被告の尋問)が開かれました。北海道の友人グループから傍聴記が届いていますので報告します。なおこの2回には東京からも仲間が出かけて傍聴しました(別項)。

そして10月24日、第10回公判で検察による論告求刑が行われました。報告します。

<編集部>


<第10回公判傍聴記・その1>

 

10月24日午後、第10回公判で、検察側の論告求刑があった。検事が抑揚もなく求刑の書類を読み上げただけで、時間通り証拠の同意不同意を含めて、30分もかからないで終わった。

検察側は論告で「ミエルデ教授に対し、売却意思及び権限があるように装い、受領する金員を自己の用途に費消する目的で、北大が管理する国有財産である海底地震計等の売買代金名下に合計2026万円を詐取した」として、「懲役4年」を求刑した。

「懲役4年」の意味は、「自己の刑事責任の重大性を十分自覚させるためにも、相当期間における矯正教育を実施すべきである」とのこと。なーるほど。

さらに「被告人は、自己が自由に費消する目的で北大に納入すべき代金を自己名義の個人預金口座に入金させて取得したものであり、それが被告人が行う海底地震の研究費用として費消する目的であったにせよ、正当化できないことは明白」としている。

「アレレ?」とだれもが思ってしまう。

たとえば「自己が自由に費消する目的で」と追及したのに、「海底地震の研究費用として費消する目的であったにせよ」と逃げている。

いやだれが考えても、「自己が自由に費消」と「海底地震の研究費用として費消」とは意味がまったく違うだろう。

いったいこの「?にせよ」という言葉はなんなのだ? なんで「正当化できない」に繋がるのだ? 不思議な文章術を使ったものである。

昔、「検事は違う話の言葉を拾ってきて、都合のいい個所に貼り付ける」と聞いたことがあるが、この文章は、まるで「島村が浪費するために横領した」と想像させるのが目的のように読める。

ただ「?にせよ」というあいまいな表現にしたのは、公判で「自己が自由に費消する目的で」が証明できなかったのだろう。

いわゆる個人的欲望(債券や車や不動産を買ったなどという)のための支出が発見されなかったということだろう。

裁判は公判での証人証言によって犯罪が確認される。

第3回公判でミエルデ教授が「だまされたとは思っていない」と証言した事実。

また第5回公判で村井芳夫助手から「売却したはずの98年の4台、99年の5台の地震計。それらはある時は北極海に、ある時はトルコの海に残置し、ベルゲン大と共同で、または日本独自で、ある時はベルゲン大抜きで他の国の研究グループと自由に使っていたこと。

そして調子の悪い物は日本へ送り返して修理することもあり、ときには消失することもママある」との証言を引き出し、「これは誰の物だとか、何処の国の物だとかを特定できるものではない」という島村の主張を裏付けた事実。

検察側は、証人尋問ですでに論破されてしまったことを、まったく意に介さず、そんな証言はなかったこととし、起訴状からほとんど何も変えずに突っ走る気らしい。

また、なにか隠しているのではないかと心配していた「新しい事実」はなにも出てこなかった。

それでも裁判では、こんな論理が通用するのだろうか?

さらに内部告発者である村井助手は、「ベルゲン大からの封書を他の教授立ち会いの下に開封した結果、小切手が入っていた。 島村教授に連絡すると<私の方へ回しておいてくれ>とのことだった」と証言している。

この島村の研究室直属の助手は、「他の教授」とともに、無断で他人の封書を開封し、それからひそかに教授の落ち度を探していたのである。

伊藤整「氾濫」とか山崎豊子「白い巨塔」を想像させる大学の人間模様が浮かんでくる(ちょっと古い小説だが、私たちはそんな年齢なのです)。

そのどろどろの人間関係につけ込んだのが、島村の著書「公認地震予知を疑う」を不快に思った地震学会・文科省、さらに検察なのだろうか。なにしろ国家にイチャモンをつけたのだから。

そして私たちは、「何のためか、またはどこからの圧力か知らないが、在職中に大学の名を世界に高からしめる貢献した研究者を、大学側の職務怠慢を棚に上げて、その職務怠慢が誘発した些事を理由に弾劾し告訴した北大(の名の元で暗躍している人たち)とは、人生の誠実さにおいて全く違う人格である」ことをはっきりさせておきたいと考える。

個人的な話で恐縮だが、私は長い間、雑誌の編集作業をしていた。出来上がった原稿を読むと、しっかり取材できていないときは、形容詞が多く使われる。

取材が充実していたときは、具体的な事例があふれているから、無駄な形容詞の入り込むスペースはない。

人は内容がないとき、下手な形容詞・形容句を多用する。最近の例では「美しい国」「品格ある国家」がいい例である。この論告でも、

「教授の立場を悪用した巧妙かつ悪質な犯行」
「ベルゲン大及び北大の信頼関係を損ないかねない犯行」
「自己の刑事責任を回避することにのみ汲々として」
「真摯な反省の態度は全く認められない」

など、空虚で悪意のある言葉を羅列して、文章を構成している。

それに比べて、第7回公判で行われた弁護団の冒頭陳述は、なんと平易で内容があったことか。

「もしかしたら」と想像する。

この担当検事は、前任者が無理を承知で起訴をして、その直後に転勤してしまった後を引き継いだ。しかも前任者は「横領」では起訴できず、「資格がないのに売った」という奇妙な詐欺事件にしてしまった。

ところが公判では、証人として連れてきたベルゲン大教授が「だまされたとは思っていない」と証言してしまった。

「売った」はずの海底地震計も、その後、日本や世界中を勝手に移動している。これも助手の証言で確認された。

この問題は、どうもノルウェー・ベルゲン大学の事情が大きかったのではないか、と勘ぐっている。

ベルゲン大は石油会社から研究費をせしめるために、「形」あるものとして島村の海底地震計が必要だった。いやがる島村に頼み込んだ事情は明らかになっている。

島村の脇が甘かったのは確かだが、それに運悪く巻き込まれ、つけ込まれたといってもいいだろう。

論告では「ベルゲン大及び北大の信頼関係を損ないかねない犯行」と書いているが、ベルゲン大は島村以外の北大関係者の研究意欲を疑い、島村不在の北大では研究活動が続かないと憂慮していたのだから。

もしかしたら担当検事は、こんなバカな裁判には関わっていられないということから、公判での証言をなにも考慮せず、最初の起訴状そのままの論告をしたのではないか? 

もちろんこれは勝手な想像である。あまりその気になられても困るが、内容や文章で見るかぎり、この論告には「やる気」がまったく感じられなかった。

このことと、任意同行なしのいきなり逮捕といった「異常な」(尾崎弁護士)始まりとの落差はどこから来るのだろうか? 

やはり、島村の学問的発言の抹殺が目的であったとしか思えなくなってくる。

判決はどうであれ、逮捕という時点で、社会的には抹殺されたも同様というのが、今の日本社会の実情なのだから?。

皆さまにも改めて、島村英紀「公認地震予知を疑う」(柏書房)を読むことをお勧めする。

詐欺罪は一般に重く、どんなに軽くても求刑は2年6ヶ月から始まるという。

それに「被害額」に応じて(今回は誰も被害がないというのが島村の主張だが)積み増しがあり、今回は懲役4年ということだった。弁護士としては想定内だったらしい。

次回11月7日の第11回公判では、いよいよ弁護側の弁論がある。

判決は来年1月12日金曜日の予定。

<第10回公判傍聴記・その2>

 

検事側意見というのが所謂論告求刑だそうでして、30分弱という事もあってチョイト拍子抜けでもありました。

面白かったのは、こちらが有利な材料と思っていたことが、全てあちらも島村有罪の証拠としてしまっている事です。

ミエルデ教授や証人の発言。地震計の北大の財産としての立証などなど、思わず笑い声が出そうなくらい滑稽でした。

ただ一点。5月26日の第1回公判で起訴状を朗読したとき、「金を私有化した」と大上段に振りかぶった勢いは何処へいったのでしょうか? 

この件は触れずにほっかむりでした。それでも4年の求刑とは?何なのでしょう?

公判をずっと傍聴してきた印象では、すごく有利な展開と思えるのですが、何しろ世間知らずの裁判官のこと、中を取って懲役2年6ヶ月。執行猶予3年なんて判決にならなければ良いがと心配になります。

次回の弁護側意見に期待します。

<編集部から>

 

先ず、今回の件は、「全く無防備だった被告と、人を見たら泥棒と疑うことを職業にしている者とのせめぎ合い」だという点です。

もちろんその背景には、他人の隙をうかがっている本当の泥棒たちがいるわけですが。

論告では、事実を繋げて犯罪であるかのように纏めており、いかにも犯罪があったような印象を受けますが、被告が犯罪を犯そうと自覚していたら、検察が取り上げているような、痛くもない腹を探られるような事実(証拠)を残すでしょうか? 

少なくとも中立的立場をとるべきである裁判官に、このことを再度認識して貰うことが大切だという気がします。

検察が主たる争点としている
(1)海底地震計等の帰属
(2)被告人が売却する権限の有無
(3)ベルゲン大から金銭を受領した趣旨
については、国有財産であれば観測中に海底地震計を紛失した時には過去にはどんな処置をしていたのでしょうか? 

規則は有ったかも知れませんが、過去にはその規則に従わなくても問題がなければ、海底地震計は国有財産ではないし(少なくともその認識はない)、また、海底地震計を処分する(売却の書類はあっても、物の特定ができないと言うことは売却でなく、むしろ使用許可であろう)権限は被告にある(少なくともそう認識している)と考えるのが常識でしょう。

受領したお金についても、書類上は売却代金名下であるが、事実は売却ではないので、否であることは明らかです。

また、費用処理については、こちらの落ち度と指摘されたことは、きちんと責任をとっています。

論告求刑で、新事実が何も出なかった(出せなかった)と言うことは、とにかく良かったと思います。

素人考えですが、素直に受け取っても良いのではないでしょうか。

過去の政治的な(?)裁判の結果を、脇から見ていると、検察は引く時は悪あがきをせずにさっと引いている所があるようにも見えます。

それに検察も、「突然の逮捕」「2度の家宅捜査」「長期勾留」「長期の接見禁止」「保釈請求に対する度重なる異議申し立て」等と今までにいろいろと常識外と思われる対応をしてきて、裁判官に「かなり無理をしている」という印象を持たれていることは解っているのではないでしょうか。

新事実が出ない以上(出るわけがないが)、悪あがきとの印象を重ねるのは得策ではないでしょう。

そもそも今回の事件は、地震予知の可能性その他の主張に関していろいろな政治的な圧力があったかも(なかったかも?)しれないが(又は、単なる研究上の恨み、辛み、嫉妬だけだったかもしれないが)、事実関係の本質は犯罪を構成するようなものではないと思います。

ただ、外国からの研究分担金の国内処理に好ましくない所(痛くない腹を探られるような所)があったことは事実ですが、その責任も被告側だけにあるわけではなく、むしろ責任の大半は大学側にあるはずです。

この好ましくない費用処理がなされてしまったのは、国が定めている規則が、外部(特に、外国)との共同研究が多く発生しているにも拘わらず、規則がその状況に対応できていなかったことが主原因であり、そのような場合には先ず行政として大学側がきちんとした対応を採るべきであることは明白です。

安心はできませんが、裁判所の良い判断を期待しています。

<資料:検事による論告求刑(書類としての名前は「論告要旨」>
論 告 要 旨
詐欺
被告人 島 村 英 紀
第1 事実関係

 本件は,北海道大学大学院理学研究科附属地震火山研究観測センター長(教授)であった被告人が,ベルゲン大学ロルフ・ミエルデ教授に対し,売却意思及び権限があるように装い,受領する金員を自己の用途に費消する目的で,北海道大学が管理する国有財産である海底地震計5式及びその関連機器であるトランスポンダー親機1台(以下,「海底地震計等」という。)の売買代金名下に合計約2026万円を詐取した事案である。 本件各公訴事実は,当公判廷において取調べ済みの関係各証拠によりその証明は十分であり,被告人については懲役4年に処するのが相当である。 しかるに,被告人及び弁護人は,「本件海底地震計等は,北海道大学が管理する国有財産ではない。被告人とミエルデ教授との契約は売買ではなく,.欺罔行為も錯誤も存在しない。」旨無罪を主張するので,以下,検察官の意見を述べる。

1 本件の争点本件では,被告人が北海道大学大学院理学研究科附属地震火山研究観測センター長(教授)として,ベルゲン大学との間で海底地震に関する共同研究を行っていたこと,海底地震計等を北海道大学からノルウェー王国に搬送していたこと,被告人に海底地震計等を売却する意思がなかったこと,被告人が平成10年10月23日及び平成11年8月30日,ベルゲン大学から被告人名義の預金口座に公訴事実記載の各金銭を入金させたことについては争いはなく,関係各証拠により明白である。 本件の主たる争点は,1)本件海底地震計等の帰属(北海道大学が管理する国有財産か否か),2)被告人に本件海底地震計等を売却する権根の有無,3)被告人がベルゲン大学から公訴事実記載の各金銭を受領した趣旨(本件海底地震計等の売買代金名下か否か)である。

2 本件海底地震計等は,北海道大学が管理する国有財産であること
(1)北海道大学大学院理学研究科附属地震火山研究観測センター助手の村井芳夫及び海底地震計等の各部品の製造・販売会社社員(村重徹行,半戸正方,村上千恵子)の証言,物品供給契約書,納品書及び北海道大学作成にかかる経理分類予算差引簿等関係各証拠によれば,本件海底地震計等の各部品は,いずれも,北海道大学が校費等の国費で購入したもので,被告人を含む個人所有の部品はないことが明らかである。

(2)村井は,本件当時,被告人の部下として,北海道大学とベルゲン大学の間で実施していた海底地震の共同研究において,被告人の指示を受けて,海底地震計等の輸送のほか,ノルウェーでの組立からデータの解析まで関与していたのみならず,ベルゲン大学に残置した海底地震計等の各部品の個数,シリアルナンバー等をベルゲン大学との共同観測の都度メモに記載していたほか,本件発覚後は,部品の製造・販売会社等に部品の購入状況を確認しながら資料を作成していたのであって,当該資料の信用性はもちろん,これらに基づいて記憶のまま,本件海底地震計等の各部品は北海道大学が校費等の国費で購入したものであることを証言した村井の証書内容は,具体的かつ詳細で,これまた信用できることが明白である。

(3)また,前記海底地震計等の製造・販売会社の社員は,物品供給契約書,納品書等客観的な書類に基づいて,海底地震計等の部品は,いずれも北海道大学に売却したもので,個人に売却したことはなく,無償で譲渡したこともない旨証言しているのであって,同人らの証言内容もまた,極めて信用性が高い。

(4)したがって,本件海底地震計等は,北海道大学が校費等の国費で購入した国有財産であり,北海道大学が管理していたものであることは明白である。
なお,弁護人は,本件海底地震計等は加工(民法第246条1項)により被告人に所有権が帰属する旨主張するが,そもそも,海底地震計等の各部品は,本件以前から既に民間会社が市販していた商品であり,被告人1人で組立,改良等を行ったものでないことは明白であり,主張自体失当である。

3 被告人に本件海底地震計等を売却する権限はないこと(1)北海道大学財務部主計課課長久保田学の証言,物品管理法,北海道大学所属物品管理事務規定,文部科学省会計事務取扱規程等関係法令等によれば,北海道大学が管理する国有財産である海底地震計等については,物品管理官(大学経理部長)又は分任物品管理官(各部の事務長)が「不用決定」をした上,売却に適すると判断した場合には,契約担当官(大学事務局長)が予定価格を調査の上,競争入札や随意契約により売却し,歳入徴収官(大学経理部長)が納入告知書を発行して購入者が代金を支払うという手続きが必要であるところ,本件当時,上記の手続きを経て海底地震計が売却されたことは1度もない上、物品供用管(官、(注)本文が間違っている)であった被告人には,そもそも海底地震計等の売却権限は与えられておらず.被告人が海底地震計等の売却権限がなかったことは明白である。(2)しかも,被告人は,平成10年4月1日,北海道大学理学部事務長から物品供用事務委任通知書を交付されていたのであるから,自己に国有財産である海底地震計等の売却権限がないことを熟知していたことも明白である。(3)上記久保田は,本件当時,北海道大学に勤務しておらず,そもそも被告人と何ら利害関係がない上,前記の関係法令に基づいて証言しているのであって,久保田の証言内容は,極めて信用性が高いことは言うまでもない。

4 被告人は,ベルゲン大学ロルフ・ミエルデ教授(以下,「ミエルデ教授」という。)に対し,本件海底地震計等をベルゲン大学に売却する旨伝え,売買代金名下に公訴事実記載の各金銭を受領していたこと(1)ミエルデ教授が1996年(平成8年)10月31日付けで石油会社に対して海底地震計5台の購入資金として150万クローネの資金援助を申請した書類及びミエルデ教授が1997年(平成9年)12月15日付けで被告人に送信した海底地震計5台を購入する資金が調達できそうである旨の電子メール等によれば,ミエルデ教授が北海道大学から海底地震計5台を購入するための資金調達をしながら,北海道大学の責任者である被告人と交渉していたことが認められる。

そして,被告人がミエルデ教授に対し,1998年(平成10年)9月25日ころ及び1999年(平成11年)7月27日付けで本件海底地震計等の各部品の具体的な商品名,単価,個数及び合計金額を詳細に記載した価格表とともに郵送したインボイスによれば,被告人は,ミエルデ教授に対し,平成10年に海底地震計4式及びその関連機器であるトランスポンダー親機1台,平成11年に海底地震計1式の各売却代金を請求し,ベルゲン大学から各金額を売買代金として被告人名義の預金口座に振り込ませて受領したことは明白である。

(2)そして,ミエルデ教授は,当公判廷において,被告人との間で,ベルゲン大学が北海道大学から海底地震計等を購入する旨交渉を重ね,実際に,平成10年に海底地震計4式及びその関連機器であるトランスポンダー親機1台を,同11年に海底地震計1式をそれぞれ購入したと一貫して証言している。

すなわち,ベルゲン大学では,かつて,北海道大学との海底地震の共同研究において,観測の都度,北海道大学から航空便で海底地震計等をベルゲン大学に輸送し,観測後には北海道大学に送り返していたが,1995年(平成7年)ころ,少数の海底地震計等を持つことができれば,より低価格で柔軟に調査ができると考え,ベルゲン大学の責任者であったミエルデ教授は,北海道大学の責任者であった被告人に対し,これら北海道大学が管理する国有財産である海底地震計5台を購入し,さらに5台を借用して合計10台をベルゲン大学に置きたいと伝え,1996年(平成8年)に被告人から海底地震計を売却できる旨言われ,ベルゲン大学では,海底地震計の購入資金を調達するため,それまで海底地震研究に関する資金調達を依頼していた石油会社に海底地震計5台分の購入資金の調達を交渉し,1996年から1997年(平成9年)にかけて,ノスクヒドロ社から海底地震計5台分相当の150万クローネを調達できたことから,ミエルデ教授は,被告人にその旨伝え,1998年(平成10年)に海底地震計4台及びその関連機器であるトランスポンダー親機1台を購入し,当初予定していた5台を購入できなかったため,翌1999年(平成11年)に残り1台を購入し,さらに4台を借用できたというのである。(3)上記ミエルデ教授の証書内容は.ベルゲン大学において海底地震計等を所有したいと考えた経緯,被告人に対し,購入分と借用分を区別してそれぞれ台数を指定して交渉した状況,被告人から海底地震計を売却できる旨言われ,それまで海底地震研究に関する資金援助を受けていた石油会社に対して購入する海底地震計の台数,金額を指定して資金調達を依頼したこと,予定していた台数を購入できなかったため,2年かけて5台の海底地震計を購入したこと等本件海底地震計等を購入した経緯から購入状況に至るまで,具体的かつ詳細に証言している上,同証言内容は,電子メール,インボイス等の客観証拠とも符合しており,極めて信用性が高い。特に,ミエルデ教授が取引先を北海道大学と認識し,北海道大学の責任者として被告人と交渉していたことは,電子メール,インボイスの宛先,ベルゲン大学の送金先(デン・ノスケ銀行の口座引き落とし通知書)等からも明らかである。(4)さらに,ベルゲン大学では,本件以前から北海道大学に対して,海底地震の共同研究費用を一部支払っていたところ,本件海底地震計等を購入した1998年及び1999年には,他の年と同様に共同研究費用のほかに本件金銭を支払っているのであり,しかも,共同研究費用は,ミエルデ教授から被告人に対して金額を提示していたのに対し,本件金銭は,被告人からミエルデ教授に金額を提示しているのであって,このことは,本件金銭が共同研究費用とは別の趣旨で交付された金銭,つまり,ミエルデ教授の証言どおり,海底地廣計等の売買代金以外にあり得ないことの何よりの証左である。(5)なお,ミエルデ教授は,当公判廷において,個人的には騙されたとは思っていない旨証言しているところ,ミエルデ教授の全証言内容に照らすと,ミエルデ教授は,被告人から実際に本件海底地震計等を購入できたと信じているからこのような証書をしたものであり,その証左として,被告人に海底地震計等を売却する権限や許可がないことを知っていたら購入しなかったと思う,被告人が北海道大学に代金を納入しないことを知っていたら,被告人が指定した預金口座に代金を振り込むことはなかったと明確に証言しているのであって,ミエルデ教授の証言全体の信用性に何ら影響を与えるものではない。

5 被告人は,本件発覚後,ミエルデ教授に対し,真実を明らかにしないよう依頼する電子メールを送信し,罪証隠滅工作を図っていること(1)被告人は,北海道大学職員らに本件一連の犯行が発覚し,北海道大学懲罰委員会がミエルデ教授に事情聴取を行うことを察知するや,2005年(平成17年)1月17日付けでミエルデ教授に対し,「私は,あなたがOBS(海底地震計)機器とトランスポンダー船上機(親機)の代金を支払ったことを具体的に承認しないよう強く望みます。もし,あなたがインボイスや領収書を示して是認するなら,私は辞任することになります。あのお金は一般的な私との協力(消耗品,電池,データ解析作業,OBSの組み込み等々)に対してであったと説明して下さい。OBS機器は実験目的に過ぎない。通常の商業ベースで完成品をまるごと購入したのではない,通常のOBSとして公的に北大に所属していたことはなかったと説明して下さい。」などという内容の電子メールを送信している。(2)この電子メールは,被告人が,本件海底地震計等が北海道大学が管理する国有財産であること,本件海底地震計等の売買代金名下に金銭を受領していたことを認織していたことの何よりの証左であり,被告人がミエュルデ教授に対して真実を明らかにしないように隠蔽工作を図ったことは誰の目にも明らかである。

6 被告人の捜査・公判における供述が全く信用できないこと(1)被告人は,捜査・公判を通じて,本件犯行を否認し,北海道大学教授という立場を離れてベルゲン大学との海底地震の共同研究を行っていたこと,ミエルデ教授に対し,本件海底地震計等を売却する旨伝えたことはないし,本件でベルゲン大学から受領した金銭は,海底地震計等の売買代金としてではない旨弁解している。(2)しかし,被告人の弁解内容は,前記信用できるミエルデ教授の証言等と全く食い違う内容である上,被告人は,ベルゲン大学との海底地震の共同研究に際しては,北海道大学教授として科学研究費補助金を申請,受領し,北海道大学から出張命令を受けていたこと,ミエルデ教授に対して郵送したインボイスには,「北海道大学地震火山研究観測センター」や「同センター所長」の名称を使用していたこと,北海道大学の経理担当者に対し,ベルゲン大学から受領した金銭の処理について尋ねていたこと等前記被告人の弁解内容と矛盾する行動をとっており,これらのことからも,被告人の弁解が全く信用できないことを如実に物語っている。

7 まとめ 以上のとおり,被告人は,ミエルデ教授に対し,北海道大学が管理する国有財産である本件海底地震計等について,売却の意思及び権限を装い,受領した金銭を北海道大学に納入する意思もないのに,ベルゲン大学に売却する旨伝え,売買代金名下に金銭を受領した事実は明白である。

第2 情状関係1 自己の自由になる金銭を取得しようとした動機に酌量の余地はない。被告人は,本件一連の犯行において・,専ら自己が自由に費消できる金銭を取得する目的で,北海道大学に納入すべき代金を自己名義の個人預金口座に入金させて取得したものであり,それが被告人が行う海底地震の研究費用として費消する目的であったにせよ,何ら正当化できるものでないことは明白であり、本件犯行動機に酌量の余地はない。

2 本件は,国立大学教授としての立場を悪用した巧妙かつ悪質な犯行である。被告人は,北海道大学教授という立場,しかもベルゲン大学との海底地震の共同研究における北海道大学の責任者という立場にありながら,その重責ある立場を悪用し、大学間の共同研究において,国有財産を対象として売買代金名下に約2026万円という巨額の詐欺事件を敢行したものであり,海外を舞台にして自己名義の個人口座を使用した巧妙かつ悪質な犯行である。

3 被害結果は重大である上,本件が与えた社会的影響も甚大である。 本件一連の犯行により,被告人は,合計約2026万円もの巨額な利益を取得しており,このことだけをみても被害結果が重大であることは明白である上、ベルゲン大学及び北海道大学の信頼関係をも損ないかねない犯行であり,大学教授で大学間の共同研究における責任者として敢行した本件犯行により,ベルゲン大学及び北海道大学はもとより,同大学の取引関係者,他大学等社会に与えた影響は極めて大きいものがある。 したがって,被告人の刑事責任は誠に重大である。

4 被告人には真筆な反省の態度が全くない。 被告人は,捜査・公判を通じて不自然かつ不合理な弁解を繰り返し,自己の刑事責任を回避することのみに汲々としているのであって,被告人に真摯な反省の態度は全く認められない。

しかも,被告人は,本件一連の犯行が発覚するや,こともあろうか,ミエルデ教授に口止めを求める電子メールを送信し,罪証隠滅工作を図ろうとしたものであって,被告人の規範意識の欠如には目に余るものがある。 その一方で,被告人は,自己が被告となっている民事訴訟において,原告である北海道大学に対し,相当額を返還して和解する旨供述しているが, 上記の被告人の供述経過にかんがみれば,今後,民事訴訟において和解が成立したとしても,ことさら被告人に有利な事情として考慮するべきではない。

5 まとめ以上によれば,被告人がこれまで大学教授等の要職に就いていたこと,前科・前歴がないこと等の事情を考慮しても,なお,披告人については,本件一連の犯行と正面から向き合わせ,自己の刑事責任の重大性を十分自覚させるためにも相当期間にわたる矯正教育を実施するべきである。

第3 求刑
以上,諸般の事情を考慮し,相当法条を適用して,被告人については,冒頭で述べたとおり
懲 役 4 年
に処するのを相当と思料する。

<論告求刑についての新聞記事>
● 島村被告に懲役4年求刑 北大地震計詐欺  
北海道新聞2006/10/25 07:24
 共同研究相手のノルウェーの大学教授から、北大の海底地震計の代金として二千万円をだまし取ったとして、詐欺の罪に問われた元北大地震火山研究観測センター長(教授)、島村英紀被告(64)の論告求刑公判が二十四日、札幌地裁(井口実裁判長)であり、検察側は懲役四年を求刑した。十一月七日の次回公判で結審し、判決は来年一月十二日の予定。検察側は論告で「島村被告は国有財産である海底地震計の売却権限がないことを熟知していた」と指摘。「売買代金の名目で金銭を受領した事実は明白で、教授の立場を悪用した巧妙かつ悪質な犯行」と断じた。
●極地研前所長詐取:元センター長に懲役4年を求刑 -- 札幌地裁
毎日新聞 2006年10月25日 北海道朝刊
 北海道大・地震火山研究観測センターに在職中、国所有の海底地震計の代金としてノルウェーのベルゲン大学教授から約2000万円をだまし取ったとして、詐欺罪に問われた元センター長で前国立極地研究所所長、島村英紀被告(64)の論告公判が24日、札幌地裁(井口実裁判長)であった。検察側は懲役4年を求刑した。【真野森作】
● 元北大教授に検察側が懲役4年求刑 
日刊スポーツ 2006年10月24日16時36分
 北海道大学の備品だった海底地震計を売却すると偽りノルウェーの大学から約2000万円をだまし取ったとして、詐欺罪に問われた元北大教授島村英紀被告(64)の論告求刑公判が24日、札幌地裁(井口実裁判長)であり、検察側は懲役4年を求刑した。
 11月7日に弁護側の最終弁論で結審し、判決は来年1月12日に言い渡される予定。

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島村英紀が書いた「もののあわれ」

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