今月の写真
ペンギンの群、風前の灯火


この写真には説明を要しまい。しかし、ペンギンがなにを考えてここに集まっているのかはわからない。

溶けかけて丸くなってしまった氷山の頂上で肩を寄せ合っているペンギンの群。場所は西南極の南極海だ。足を滑らせたら、海に落ちるしかない。氷山の手前に見えるうねりの大きさから、海が荒れているのがわかる。氷山も大きく左右に揺れている。

この写真がらみで、 以下は、島村英紀『日本海の黙示録―「地球の新説」に挑む南極科学者』から。

 しかし、グーターヒ(南極観測)隊長らの決意を砕いたものは、またしても天候であった。海況はさらに悪くなり、海底地震観測が出来る海況ではなくなってきたのであった。

 「ネプチュニア」(ポーランドの南極観測船)は、再び向きを変える。(アルゼンチンが南極に持つ)エスペランザ基地へ再度、向かったのであった。

 皮肉なことに、空は晴れて午後八時をまわったというのに日が照っていた。海だけが荒れていたのである。

 「ネプチュニア」が二回、向きを変えたころから、まわりに巨大な氷山が増えてきた。「ネプチュニア」は慎重に避けながら、それでも全速で進む。

 融けかかったのか、他の氷山と衝突したのか、ほとんど真横になるまで傾いて下端まで見せているテーブル型の氷山がある。そのへんによくある水面上に五、六メートル出ている並みの高さの氷山でも、横になって見ると「ネプチュニア」の長さよりも長い「厚さ」が分かる。ふだんは水面下にある部分がいかに大きいものか、改めて驚かされる。

 直径三〇メートルほどの真っ青の氷山が流れていく。水面下が重いせいか、波が荒いときには波しぶきを上げて走っているように見える。時には十メートルものしぶきが上がる。

 青い氷山はそう多くはないが、色はびっくりするくらい青く、しかも輝くような鮮やかな青である。正確に言えば濃い水色から青への中間色だ。まるでインクを溶かし込んだような氷山である。氷山だけではなくて、氷河にも青い氷河がある。これは氷河が作られた年代が古くて、中の気泡が圧縮されているゆえ、光の屈折率が違って来るので青く見えるのだ、というのがビルケンマイヤー氏の解説である。青い氷山は、青い氷河が海に落ちたものなのである。

 テニスコートくらいの大きさの平らな氷山の上に、ペンギンの集落がある。一〇〇羽もいるだろうか。狭い場所に固まって立っている。この氷山を拠点に、魚を獲っては氷山に戻る生活を続けるのだろうが、どこへ流されて行くのだろう。魚を獲りながら、暖かい海へ流されて行って、突然、暑いことに気が付くのかしら。

 波で周りが削られて、洗面器を伏せたように円く盛り上がってしまった氷山が流れていく。その狭い頂上にも、何十羽ものペンギンが身体をくっつけあって、真っ黒に見えるほど寄り添って立っている。海が荒ければ、氷山はますます小さくなる。ペンギンの住居としては風前の灯火である。

 日没は午後九時すぎだった。随分、日が短くなった。夏も終わりである。夕日に映える氷山は見事な美しさだったが、私たちの心は晴れなかった。

註)かっこ内は、本にはなかったものですが、今回のウェブのために補足したものです。

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