『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、1993年3月25日夕刊〔No.188〕

外国人の引き継ぎ自転車


 北海道大学にはかなりの数の外国人研究者がいる。語学の先生が多いが、研究のために滞在している科学者も目立つ。滞在の期間としては半年とか一年とかが多い。

 滞在期間が切れると、家具や食器や電気器具は、外国から来たばかりの科学者や知り合いの外国人科学者に引き継がれることが多い。値段はごく安い値段か、ときにはタダで、引き渡される。わざわざ新しいものを買う必要もない、という外国人らしい合理精神なのである。

 こうして外国人から外国人に引き継がれている家具や器具は数多いが、なかに一台の自転車がある。

 なかなか立派な自転車だ。18段の変速機が着いた、いまはやりのマウンテンバイクというスポーツ自転車である。

 じつは、この自転車はタダで引き継がれることが伝統になっている。

 というのは、もともとは外国人の科学者が、捨ててあったこの自転車を拾ってきて使い出したという歴史的な経緯があるからなのだ。もとがタダだから、売るわけにはいかないのである。

 もちろん十分に使えるし、サビもほとんどない。しかし、こういった、まだ乗れる自転車がゴミとして捨てられていることに、外国人は驚いている。開発途上国からの外国人だけではない、ヨーロッパやアメリカの先進国からの科学者も一様に驚いているのである。げんに何年か前、いちばん始めにこの自転車を拾ってきたのはオーストラリア人の科学者であった。

 外国人を驚かしているものは、まだ使えるゴミそのものだけではない。ある外国人が恐怖さえ感じたのは、札幌市の「燃えないゴミ」の収集車が、まだ使える立派な家具やステレオをただ「収集」するのではなくて、目の前でバリバリ、強力な機械で噛み砕いて壊して、収集車に呑み込んでしまったことであった。

 使える家具や道具のバザーや素材のリサイクルでもするのならともかく、こうして毎日、大量の産業廃棄物を作り出すことは、限られた地球の資源を気にしている彼らにとっては恐怖であったのだろう。

 そうか、日本の産業はこうして製品の大量生産を維持して、洪水のような輸出を世界中に仕掛けているのか、などと思われたらどうしよう。彼らが国へ帰って、何を喋るのか、いささか心配になってきた。

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