『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、2004年5月13日夕刊〔No.313〕

地球物理学者の貧乏物語

 大学院生のY君がアパートを替えた。元は月55000円のバス・トイレが室内にあるマンションだった。これはいまどきの北大生としては普通だ。とくに女子学生だとオートロックのあるマンションが多いから、もっと高いこともある。

 今度のY君の下宿は2万円。格下げである。

 この学生下宿では、シャワーは共用で、100円玉を入れると5分間だけ湯が出る。ゆっくり入っていると、結構、高くつく。Y君は考えた結果、近くのスポーツクラブの会員になった。月3500円で、シャワーは使い放題。ただし、客が一番少ない時間帯だけの格安料金だから、朝10時から午後4時までしか、クラブもシャワーも利用できない。

 Y君が生活を切りつめたのは、月々の奨学金が借りられなくなったからだ。奨学金は修士課程2年、博士課程3年の合計5年しか支給されない。この年限が来ても論文がまとめられないと、在学していても奨学金は打ち切られてしまう仕組みなのである。

 一方、別の大学院生のGさんは浮かない顔をしながらアルバイトに励んでいる。父親は大手会社の工場に勤めているのだが、リストラに怯えているのだという。もし父親がリストラに遭えば、Gさんは大学院をやめなければならないだろう。

 期限付き研究員のA君も、自炊をしているばかりか、男には珍しく自分で弁当を作って持ってきている。2年間という期限が来てしまえば、A君のように博士号を持っていても、路頭に迷うかもしれない時代である。それなりの覚悟で研究を続けているのだ。

 産学連携だ、競争的資金だと、いままでと様変わりした大学の華やかさの陰で、陽が当たらない人たちは、じつは多いのである。

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