『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、2003年3月6日夕刊〔No.300〕

地球物理学者の勘違い

 予算削減に続いてスペースシャトルの大事故と弱り目に祟り目の米航空宇宙局(NASA)だが、月に人を送り込んだ華やかな時代もあった。

 人を送ったのは1969年、やがては他の惑星にも人が立てる時代が来るに違いない、と人々の夢を誘っていた時代であった。

 じつは、そのときに地震計を月に据え付けていた。地震計を送り込んだのはほかでもない。X線も電波も通り抜けられない月や地球の中を通り抜けられるものは、地震から出る地震波しかないからだ。

 つまり月の内部を調べるには地震計がもっとも有効な機械なのだ。燃料を使い切ったロケットの一部を月に落として人工地震を行った。また、地球のような地震が起きているかどうかも調査のテーマだった。

 この結果、月は中まで冷えて固まっているものの、ごく深くには地層の境があり、そこが歪んで地震を起こしていることが分かった。

 しかし、やがて宇宙予算が削減され、地震計からデータを地球に送る電波も8年余りで途絶えてしまった。

 最近の日本の地震学会の会員誌に、当時から月の計画にかかわってきた先生が論文を書いた。計画を知らない若い世代への鼓舞宣伝にも心を砕いたのであろう。肩に力が入っている。「月の地平線から地球が昇る地球の出を見るという視点の転換は重大だった。」

 だが不幸にして、先生はこの文章で権威を一挙に失ってしまった。月はいつも同じ面を地球に向けている。つまり月面から見れば「地球の日の出」も「日没」もあり得ないのである。

 専門家が言うことだから、と信じてはいけない。これは、私たち科学者の自戒でもある。 

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