『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、2001年6月29日夕刊〔No.282〕

地球物理学者の勲章

 南極の地名の付け方が変わる。

 いままで、外国ではあちこちの地形に気安く人名を付けてきた。米国やニュージーランドが、彼らの南極基地の近くで研究者が発見した地形に、その発見には関わっていない日本人の著名な南極科学者の名前を付けてくれた例も多い。つまり発見者ではなくて、南極科学一般への貢献の「勲章」としてである。

 一方、日本では、いままで地形に人名を付けることを極力避けてきた。叙位叙勲の国だから、誰の名前が付いて誰の名前を付けないのか、順番をどうするのか、もめたり気まずくなる前に敬遠していたのだろう。

 日本の唯一の南極基地である昭和基地の近くで日本人名を付けた地形は福島岳だけである。越冬中に殉職した唯一の隊員の名前だ。

 国内での9年越しの検討の結果、日本でも人名を付けることを解禁することになった。国際的な慣習に合わせたのである。

 これは、南極科学者にとっては、国の叙位叙勲より嬉しいだろう。

 私のかつての先生は南極科学の大家でもあったが、文化勲章をもらった学者の中で一番品が悪いと言われた。研究所の近くの飲み屋に行くたびに、事務官が冷や冷やしていたほどだ。ある意味では人間味に溢れていたということだろう。

 山男のような南極科学者のこと、うがった見方では、勲章をもらってから、何かで馬脚を現してマスコミにたたかれるよりは、はるか遠くの地形に名を残しておいたほうが安全ということかもしれない。

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