『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、2001年03月27日夕刊〔No.280〕

地球物理学者の冷や汗

 事前予知に成功して住民が避難した直後に有珠火山が噴火してから1年。火山は一応静かになったが、まだ避難生活を続けていたり、生活や商売が元に戻っていない人たちも多い。

 ところで地球物理学の立場から言えば、あの噴火予知は科学の成功というより、経験的予知と言うべきものだった。観測データはあったが、それはマグマの動きを刻一刻、正確に見ていたと言うには遠かった。

 学者でなくても地元の人たちでも噴火を予知できたにちがいない。今までの噴火は約30年ごとで、しかも、必ず前兆の地震があったからだ。

 有珠では17世紀以来、8回の噴火があった。このうち、地震を感じてから数日以内に噴火しないことは1回もなかった。有珠の噴火は、もっとも易しい噴火予知だったのである。

 しかし他の火山はそうではない。

 北海道でも駒ヶ岳が何度か小噴火したが先行きは不透明なままだし、昨秋からの全島避難が長期化している三宅島は、見通しがまったく立っていない。実は今回の噴火までは三宅島も、ほぼ20年ごとに噴火をするが長引かない火山として知られていた。

 有珠でも、結果的には最大となった最初の噴火後に、学者たちは「今までにこのくらいの噴火で収まった例はない。もっと大きな噴火がある」と言ったが、外れた。

 昨年の有珠の最初の噴火では予知が見事に成功しただけに、今後の噴火でも同じように予知が出来るのか。私たち地球物理学者は、実は緊張と責任感の冷や汗をかいているのである。

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