『魚眼図』(北海道新聞・文化面)、 2000年5月24日夕刊 〔No.271〕

ナマズの迷惑

 このところ、といっても明治時代以来なのだが、ナマズが地震予知したという話を聞かない。それまでの民間伝承では、ナマズは地震予知のエース格だったのである。

 迷信だと思う人も多かろう。しかし最近の生物学はナマズがあまたの魚とは違う能力を持っていることを明らかにした。

 その能力とは電場を感じる能力だ。洞爺湖や支笏湖くらいの湖に小さな単三電池一個を投げ込んだときの電場の変化でも、湖の反対側にいるナマズはじゅうぶん察知する。サメがほぼ匹敵するだけで、ほかのあらゆる魚は遠く及ばない。

 ナマズにはうろこがない。肌には多くの小さな穴があり、この一つ一つが電場のセンサーだった。たくさんあるから感度も高く、また電場の向きもわかる。この能力は餌(えさ)をとり、危険を回避するためだ。

 小魚が水中で呼吸するとき、ごく弱い電場を作る。ナマズの視力は弱い。夜行性のナマズは、小魚が図らずも作ったその電場だけを頼りに、暗やみで小魚を襲って食べるのである。

 一方で、いままで経験したこともない異常な電場を感じれば、危険を察して逃げまどったり水面から飛び上がることもあろう。地球物理学者の一部が研究しているように、地球の中の微弱な電流の流れ方が、地震や噴火のときに変われば、ナマズが飛び上がっても不思議ではないのだ。実は学者のセンサーの感度は、まだナマズにかなわない。

 ところが、ナマズにとっても学者にとってもセンサーの敵は文明なのだ。私たちが電気を利用するようになってから、地中を流れる電流がけた違いに増えてしまった。発電や送電や電気器具の使用で電流が地中に流れ込むせいだ。

 ナマズは危険を回避できなくなっただけではない。もしかしたら、餌をとるのにも大いに迷惑しているのかもしれないのである。

島村英紀「魚は地震を予知できるのだろうか(浦河沖地震で大量になった高級魚・メヌケ」へ
島村英紀「魚は地震を予知できるのだろうか(寺田寅彦らの研究」へ

この文章のナマズの能力は、2013年、敷衍して「ナマズが誇る”電場感知”」へも書きました。

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