島村英紀『長周新聞』2018年1月1日(月曜)号。7面。(その記事は)

研究費打ち切りの恐怖

 砂糖の取りすぎの有害性について指摘しようとした研究を米国の砂糖業界(糖類研究財団。現在の砂糖協会)が打ち切ってしまったために結果を公表できなかったことが分かった。研究を打ち切らせたのは50年前だったが、明らかになったのは2017年11月になってからだった。

 それは「砂糖の取りすぎの有害性についての研究」だった。1960年代当時、でんぷんの炭水化物に比べると砂糖は心臓に有害だとする研究発表が出始めていた。心配した財団幹部が1968年、英バーミンガム大の研究者に資金提供して始まった研究だ。

 この研究でラット(実験動物のネズミ)で影響を調べたところ、砂糖の主成分のショ糖(スクロース)を与えると、動脈硬化と膀胱(ぼうこう)がんにかかわる酵素が多く作られることが分かった。腸内細菌の代謝によってコレステロールや中性脂肪ができることも確認できそうだった。ショ糖は主要な甘味料で、砂糖の主成分である。

 研究は順調に進んだが、最終的な結論までは、まだいかなかった。このため研究者は確証を得るため、研究の延長を求めたが、財団は資金を打ち切ってしまった。それゆえ研究は詰めができず、成果は公表されなかった。

 バーミンガム大の研究者は研究費を打ち切られて、途方に暮れたに違いない。

 他方、研究費をそれまで支給していた業界団体は「研究は業界にとって有益な情報を引き出すべきだ」と述べ、有害性を示唆した研究を続ける価値はないとした。業界団体の目的は砂糖の消費の拡大だろうから、そのためには役立たないことが分かった段階で支出を抑えてしまったのだ。これは「狭い」意味での業界の目的のためだったろう。

 ことは、この砂糖の研究には限らない。紙と鉛筆だけでできる学問は限られている。研究者にとって、研究費は米の飯だ。研究費がなければ、なんの研究もできない。どの研究でもそうだが、近年は多額の研究費を使って「力業」で行う研究が増えている。一昔前よりも格段に多額の研究費が必要になっている。

 逆に言えば、会社や業界、そして政府は、研究費の打ち切りをちらつかせることによって、研究を自在に制御できるのだ。

 国立大学が「狭い」研究目的に縛られずに使える運営費交付金という国からの研究費は、2004年に大学が独立法人化されてから年々減らされている。企業からの研究費は、もともと縛りがきつい。テーマによってはトヨタやソニーが研究費を出してくれるわけではないから、国からの研究費しかあてにならない学問がじつは多い。

 近年は研究者は自分で研究費を集めなければならなくなった。つまり縛りがきつい企業関連の研究費だけを集めることにならざるを得ない。

 そして、その先には「御用学問」がある。スポンサーである研究費の支給元の意向に添わない研究はやりにくい。研究の結論もスポンサーに尻尾を振るものになりやすい。

 原子力科学者も、事情は同じである。地震や火山の研究についても似た事情だ。スポンサーである研究費の支給元が「生殺与奪」の権力を持つことも、研究の結論がスポンサーに逆らわずに尻尾を振るものになることも同じだ。スポンサーには、もちろん国や時の政府も含まれる。

 だが、砂糖の研究の例のように、研究費の支給元の意向だけに応じた研究は、結局は人類全体にとってはけして益にならないことが多い。原子力研究も、会社や推進勢力だけを利するものになる。構図はまさに砂糖と同じなのである。昨年からクローズアップされた防衛省による軍事研究のための科学研究費にもまったく同じ問題がある。

 ここには、科学研究にとって重い課題がある。昔から、科学は広い意味の文化のひとつだった。社会に生かされてきた「金魚鉢の中の金魚」のようなものだと言ってもいい。社会の余裕ゆえに生かされてきたものなのである。

 文化が、社会から広く支持されなければ、スポンサーである研究費の支給元の「狭い」意向だけで左右されてしまう。

 社会に余裕がなくなって、株主の顔色をうかがう会社の狭い意向だけが文化や科学を左右する傾向が、近来ますます強まっているのを憂えざるを得ない。

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