島村英紀『長周新聞』2013年2月22+25日号に連載(その記事は)

原発は活断層だけを警戒していればいいのだろうか
 -----原子力規制委員会の断層調査への疑問

原子力規制委員会(以下、規制委員会)が2012年9月に発足した。その後現在までに、規制委員会の専門家調査団は各地の原発(原子力発電所)敷地内の活断層調査を行っている。

 福井県の敦賀原発は直下に活断層があると判断し、再稼働を認められないとの見解を示した。また青森県の東通原発の敷地内にも活断層がある可能性が高いとの報告書案を示した。福井県の大飯原発も調査を行い、調査団の意見は割れたものの、活断層だと判断する委員もいることが報じられている。この調査団は地球科学者から構成されていて、規制委員会の地震学者の委員一人と、おもに変動地形学を専攻する学者たちである。

 当初は規制委員会が原発推進派の人事で固められたという批判があって、手続き上、本来は必要な国会の同意も得られないまま発足した。しかし、民主党から自民党に政権が変わったあとは、規制委員会の行方をもっと危惧している向きも多い。

 それだけに「脱原発」や「危ない原発の停止」など、いままでの日本の原発路線に対して規制委員会がどこまで変更してくれるのかに期待する向きもあり、他方、再稼働のための路線を敷いているのにすぎないという見方もあって、注目が集まっている。

 ここでは、規制委員会が行っている活断層調査と、それと密接に関係する、それぞれの場所での将来の大地震の想定について、科学的な視点からの論評を行う。

 規制委員会がなにを目指しているのか、という政治的な評価には、あえて踏み込まない。つまり科学的な問題点だけでも、十分に大きなものが残っていることを明らかにしたいのである。

地震は地震断層が起こす。その地震断層には地下深くにあるものも、浅いものもある。このうち「地震を起こした地震断層が地表に顔を出しているもの」を活断層というのである。

 つまりたとえ同じ大きさの地震を起こした地震断層があっても、それが地表に見えなければ活断層ではない。また、首都圏の多くの場所のように、たとえば関東ローム層という厚い土が表面にあるところでは、その下の岩のなかに地震断層があって地震を起こしても、そこには活断層はないことになっている。

 たとえば1855年に安政江戸地震があり、日本の内陸で起きた地震としては最大の死者数、約1万人を生んでしまった。しかし、この地震は震源(地震断層)が明らかに隅田川の河口にあったのだが、そこには活断層はない。

 首都圏には限らない。日本のほとんどの都市部は柔らかい堆積層に覆われているので、活断層はない(見えない)のが当たり前なのである。

 つまり「活断層だけを調べて注意していれば」日本に将来起きる地震が分かるというものではない。活断層以外でも、日本の地下には多くの地震が起きるのである。

そもそも活断層がクローズアップされたのは、阪神淡路大震災(1995年)以後のことだ。それまで日本の地震予知計画は政府の「地震予知研究本部」がやっていたのだが、地震予知ができなくて阪神淡路大震災という大災害が起きたのを見て、政府では本部の看板をあっと言う間に「地震調査研究本部」に掛け替えてしまい、研究の柱も「地震予知」から、「活断層」と「将来起きる地震の確率調査」の二つに切り替えた。活断層がにわかに脚光を浴びることになったのはこういった事情による。

 しかし、その後に起きた日本の大地震は、すべて活断層として政府がマークしていなかったところで起きた。これらは2000年の鳥取県西部地震、2004年の新潟県中越地震、2005年の福岡県西方沖地震、同じく2005年の首都圏を直下型地震として襲った千葉県北西部の地震、2007年の能登半島地震、2008年の岩手・宮城内陸地震、2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)などである。

 ついでながら確率調査も、たとえば東日本大震災の前の福島や茨城の政府発表の確率が軒並み数パーセント以下のときに起きてしまうなど、確率が高いところで起きたことはない。そもそも阪神淡路大震災が起きる前に、この地震を起こした野島断層で地震が起きる確率は「30年以内に0.4〜8%」という低いものだった。

じつは日本には、分かっているだけで2000もの活断層がある。丁寧に調べると、この3倍はあるのではないかと思われる。

 これは、日本列島がモザイクのように、大陸や海洋島やサンゴ礁や海山の寄せ集めでできてきた、という特殊な要因のせいだ。ユーラシア大陸や北米大陸のような、ほとんど一枚岩の地質構造とはまったくちがう成り立ちなのである。

 日本列島が生まれたのは約2000万年前だった。ユーラシア大陸の東の端に割れ目が走ってそこが日本海になり、それがしだいに拡がって、生まれたばかりの日本列島を東南に押しやり、約1500万年前に、いまの日本列島の位置と形になった。

 そのために日本列島にはもともと大陸にあった数億年前に生まれた古い岩がある。また、海洋島やサンゴ礁や海山がプレートに乗って日本列島に近づいてくっついていった岩石もある。たとえば関西の伊吹山、関東の武甲山など、内陸にあってセメントの原料である石灰岩を切り出している山は、もともとは赤道付近にあったサンゴ礁なのだ。秋吉台も、もとは海底で出来た石灰岩である。

 このように、モザイク状の地質構造ゆえに日本列島には、それぞれの構造の境や内部に多くの断層がある。その後も動き続けているプレート運動によって日本列島に力がかかると、弱線であるこれらの断層が地震を起こす。そのうちで浅いものの一部が活断層というわけなのである。

つまり、活断層は、いままでに地震を起こしたことが明らかな断層であり、プレート運動によって日本列島に力がかりつづけているから、これからも地震を起こす可能性がある。

 その意味では、活断層は危険なものだ。原発の敷地や周辺で、活断層を丁寧に調べて、その拡がりや、また過去の活動歴を調べることは、その意味では、とても大事なことである。

 しかし、活断層を調べて、それによって将来起きる地震を予想することには、じつは、いろいろな問題がある。

活断層を調べるには、まず、航空写真で谷筋や山筋や川などの地形が横にずれているかどうかを調べる。活断層で地震がくり返し起きると、このずれは数十メートル以上にもなることがある。多くの活断層はこの調査で発見されているが、それ以上の詳しい調査は行われていない。
 
 さらにくわしく調べるには、現地での地質調査やボーリング調査を行う。しかしこれでも十分ではなく、現在、いちばん徹底した調査はトレンチ法である。このトレンチ法は、土木機械を使って長さが数十メートルからときにはそれ以上、深さは数メートルか、ときにはそれ以上の細長い溝を掘ってその断面を調べる方法だ。もともとは米国で開発された手法で、トレンチとは軍隊が掘る塹壕(ざんごう)のことだ。

 このトレンチ法は、土地の借り上げから掘削、そして原状復帰まで多くの手間と費用を必要とする。このため、日本ですでに分かっている活断層のうち、この調査まで行ったものはわずか110しかない。

トレンチ法で調べると、積み重なっている過去の地層から、昔起きた地震による地層の食い違いが分かることがある。

そしてそれぞれの地層の年代が分かれば、その地震がいつ起きたかが分かる。地層の年代は一緒に埋まっていた植物の放射性同位体を使った年代測定や、そこの火山灰を調べることによって、火山の特定と噴火の年代がわかることがあり、それによって地層の年代が知られる。

ちなみに、トレンチ法ではないが、グリーンランドの氷河の底から浅間山の火山灰が見つかったこともある。

 こうして、活断層によっては、過去何回分かの地震のくり返しが分かるものがある。他方、掘った範囲では、過去の繰り返しが分からずに、過去一回だけの地震による地層の食い違いしか分からないものもある(上の図)。この調査から、図のように、危険な活断層を選ぶというのが、現在行われている手法なのである。

しかし、活断層の過去の地震歴から将来の地震を予想する手法には、じつは大きな問題がある。それは、地震の起きる時期の曖昧さである(右の図)。

 地震は、地下の岩のなかに歪みが溜まっていって、岩が耐えられなくなったときに起きる。そして、ものが壊れるという破壊現象では、いつ、どんな状態のときに最終破壊に至るかという時期や程度に、かならず、かなりの曖昧さがあるものなのだ。

 たとえば、同じ輪ゴムを引っぱっていっても、同じ引っぱった長さのところで切れるわけではない。

  そして図のように、この曖昧さは、短くても100年、長ければ1万年以上もの曖昧さがあ るのだ。

 このため、私は普通の家やビルなどでは、活断層を心配するのはほとんど無意味だと思っている。数百年先のことを心配して家をそこに建てないというのは、どう見ても賢明な判断ではない。

 しかし原発は別だ。何か起きたら数万年、あるいはそれ以上、そして日本以外にも影響が及ぶ原発や数万年以上の管理を必要とする核廃棄物では、将来の地震が起きる時期がたとえ曖昧でも、活断層を軽視していいとは言えないであろう。

前に書いたように、日本を襲う直下型地震のうち、活断層が起こしたものは、ごくわずかである。ほとんどは活断層だと分かっていない地震断層が起こしている。

 つまり、活断層だけを注意していれば、将来起きる地震に備えることには、決してならないのである。

 じつは、それ以外に、日本の原発にとって恐ろしいことが、最近の地震学から分かってきている。それはいままで原発を設計してきた基準の地震動よりは、はるかに大きな地震動が襲って来ることが、最近分かってきたからである。

 原発を作るときの設計の基準では、地震動の基準の加速度を想定してきた。たとえば中部電力のホームページには「将来起こりうる最強の地震動」を350〜450ガル(gal)、「およそ現実的でない地震動」を450〜600ガルと書いてあった。つまり、これらの「最大の」加速度に耐えるように原発は作られてきたのである

 なお、これらの基準は原子炉本体とか格納容器など「重要部分」に限られていた。たとえば、いざというときにはきわめて重要な緊急炉心冷却装置(ECCS)は、この基準外とされている。さらに、ひとつの原発に5万本、のべ100キロメートルもの配管がある。これら配管やその継ぎ目も、本質的に地震に弱い構造なのである。

 ところが最近の地震観測では、これらの基準加速度をはるかに超える実測値が日本各地で記録されているのだ。

 たとえば2004年に起きたの新潟県中越地震では2516ガル、2008年の岩手・宮城内陸地震では岩手県一関市厳美町祭畤(げんびちょうまつるべ)で4022ガルを記録した。また新潟県の柏崎刈羽原発が2007年の中越沖地震で停止してしまったときは、構内にある地震計が記録した加速度は1500ガルにも達していた。

東日本大震災のときに、福島第一原発で、津波が来る前に地震で壊れていたのではないかという強い疑いがある。国会事故調査委員会が(津波が来る数十分前の地震の揺れの直後に)非常用復水器から水漏れがあったという作業員の報告を受けて現場調査をしようとしたら東京電力によって阻止されたことも報じられた。

 津波対策だけしていれば、将来の原発の運転は安全なのかどうか、この現場調査がカギを握っていたのだが、調査ができず、国会事故調査委員会の報告では、その可能性を指摘しただけにとどまっている。しかし地震学的には、設計値をはるかに超える加速度をもし被ったら、その装置は壊れても不思議ではないのである。

 つまり、モザイクのように出来てきて、面積では、まわりの海を入れても世界の0.6%しかない日本で、(マグニチュード6以上の)世界の大地震の2割以上が起きるという日本では、原発はなじまないものである。

 原発を襲う地震について考えるときに、活断層だけの問題に矮小化してしまって、その問題だけクリアーすればいいのか、という強い疑問が残ると言わざるを得ない。


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