伊那谷から その80
田中洋一のメールマガジン(2009年11月17日発行)から著者の許可を得て転載

 大地震を事前に予知できれば、犠牲者を大幅に減らせるだろう。

 科学としてはもちろん、減災という実用面からも何とすばらしいことか。だが東海地震に的を絞り、人材と資金を大規模に投入してきた研究・事業は本当に成果を上げているのか。そんな疑問を呈する講演が15日に東京で行われた。演者は昨年8月22日のこの個人通信で紹介した地震学者の島村英紀さん(元北大教授、元国立極地研究所長)だ。

 海底地震を通して地球の謎に迫ろうとする島村さんにとって、地震予知は「見果てぬ夢」だった。1970年代には予知を可能にするかのような前兆現象らしきものが世界の各地で観察された。ばら色の時代だった。そして日本では歴史時代から繰り返し起きた巨大地震の空白域として、東海地震の震源域に焦点が当てられる。首都圏に近く、経済の大動脈も寸断されるからだ。

 こうして78年に予知を前提とした大規模地震対策特別措置法が成立する。大地震が予知されると、首相が警戒宣言を発して、私権を大幅に制限する戒厳令並の筋書きが描かれている。だが島村さんは「観測網を張り巡らし、何らかの前兆現象を集めるだけで予知が可能になるというのは幻想ではないか」と問いかける。「地下で何が起きているのかという物理学を置き去りにしたままだ」と。

 矛先は、地震業界の体質に向けられる。予算の確保が命で、間違いを決して認めようとしない役人。科学的な根拠に疑問があっても、研究費確保のために協力はやむを得ないと割り切る御用学者。民間資金がほとんど期待できない分野なので、公共事業の様相を帯びているそうだ。

 報道に身を置く者には他人事ならぬ批判もあった。「メディアのチェック機能は働かない。役人は予算確保に有利な戦果発表を、記者クラブを通して行う。(防災という大義名分があるので)国民を人質にとった大本営発表だ」。島村さんはメディアにも関心が深い。「メディアが発表のウラを取ろうにも、同じ分野の科学者は相手の批判をしない。うっかり批判的な記事を報じれば、記者クラブから村八分にされかねない……」

 島村さんはこの10年来、地震予知批判を強め、『公認「地震予知」を疑う』(2004年、柏書房刊)などの著作も出している。2006年2月に研究費流用の名目で札幌地検に逮捕され、札幌拘置支所の独房に171日間も勾留されたのは、「予知批判を公言したからではないかと思っている」と打ち明ける。国策の虎の尾を踏んだ者の口封じということか。

 こんな地震予知を、細菌戦の七三一部隊についての著作のある科学史家の常石敬一さんは「虚大科学」と名づけ、検証の必要性を訴えている。的を射た命名だと思う。

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