『文藝家協会ニュース』 2009年 2月号 (No.690)。日本文藝家協会。「会員通信」。3-4頁

ノンフィクション・独房滞在

 文藝家協会の会員には、珍しい体験をなさった方々も、もちろん多いにちがいない。

 しかし私の経験の多様さも他人にはひけをとらないかもしれない。南極と北極に行った、4000メートルの深海に潜った、など。そして一昨年には171日間を拘置所で過ごすことになった経験まで持っているからだ。

 私の逮捕は、地震予知計画という国の政策を著書で批判したための「国策逮捕」だという評価が定着しつつある

 この経験を描いて一昨年に出版した『私はなぜ逮捕され、そこで何を見たか。』(講談社文庫)は幸い5版までいっている。書評では「著者のいわばフィールド・ノートである」「初めて見聞きする事象に興味をかきたてられ、それを客観的に記録すべく、感傷を排して、事実を淡々と記していく。快活さすら感じられるその筆致はまぎれもなく科学者のものだ」と書いてもらった。

 ノンフィクションとしてのそれまでの私の著作は、フィールドの科学者としての珍しい体験を知ってもらうことだったから、この評は外れているわけではない。講談社の出版文化賞や日本科学読み物賞や産経児童出版文化賞をもらったこともある。

 私のノンフィクションは、他方で、若い世代の読者を鼓舞してフィールドワークを勧める、そして科学の裾野を広げる、という目論見もあった。しかし、まさか私がした苦い経験の追体験を勧めるわけにはいくまい。それゆえ、今回は傷だらけの身で花束をもらったような気分でもある。

 なお、その「国策逮捕」の元になったと言われている本に大幅に加筆して『「地震予知」はウソだらけ』(講談社文庫)として昨年末に出版した。

 世界の国の中には、お上に楯突く本は出版できない国も多い。

 新聞やテレビが、まるで戦時中の大本営発表の報道のようになってきてしまったいま、新聞やテレビよりもまだずっと健全で多様な日本の出版文化の恩恵に浴せることは幸せなことである。

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